第970話 冬 *130000匹突破*

「今日はまた一段と寒くなったな」


 温かいホームから出たからよけいに寒く感じるよ。


「完全に冬だな」


 寒くなったら獣も静かになるのにゴブリンは逆に活発になる。ほんと、なんなんだろうね? 寒さで死ねよと思うよ。


「マスター。おはようございます」


「おはよう。今日は冷えるな」


 なんて職員たちと交わし合い、淹れてあったコーヒーを飲みながらコミュニケーションのおしゃべりをする。


「コラウスなら雪が降っている気温だな」


 一人、ホットミルクを飲むサイルスさん。見た目は渋いのにな……。


「こんなに寒ければバデットも動きが鈍くなるな」


 これも謎だよな。死後硬直とか無視しているクセに寒いと体が動かないとかなんなんだよ? 冬も元気に動けよ。排除するほうとしては楽だけどさ。


「そろそろ第三陣を呼ぶか?」


 今年の冬はソンドルク王国で一波乱あるかと思ったが、マガルスク王国から逃げた者がかなりいるようで、なにかする余裕もないそうだ。


 それに、国境の街には要塞があり、今はそこに人と物と食糧が集まっているそうだ。マガルスク王国絶対防衛線、ってことだな。


 ──ピローン。


 お、久しぶりの電子音。また波乱が始まるのか。


 ──十三万匹を突破しました。ゴブリンの将軍が三軍に分かれて食糧確保に動きました。うち二軍は内陸部へ。一軍はマリットル要塞へ。ゴブリンの数は八万まで膨れ上がりました。各地にいる野良を混ぜれば軽く十五万匹は超えるでしょう。放置すれば春までに二十万匹は突破するかと思います。


 そりゃ最悪だ。


 ──さらに最悪になるでしょう。ミルズガンのほうにはまだ籠城している都市がいくつかあります。ゴブリンはそこを襲うでしょう。


 人を食らうために、か。


 ──はい。ゴブリン駆除なのであるていどは情報を与えられますが、わたしの権限はそれほど強くはありません。孝人さんの武運を祈ります。


 女神が祈るとかおかしなものだが、リミット様はダメ女神の下っぽい。できることが限られているんだろう。その権限のうちで情報を提供してくれるんだからありがたい限りだ。


「ハァーーー」


 長いため息をついた。


 報酬は都市国家にいる請負員が稼いでいる。ってことはそちらからの援軍は望めない。マリットル要塞にはカインゼルさんたちにいってもらわなくちゃならない。各地の支部も留守にするわけにもいかないから第三陣で対処するしかないだろう。


「マスター?」


「リミット様からのアナウンスだ。王都にいるゴブリンの将軍が動いたようだ。男爵に説明してくるから職員を集めておいてくれ」


「急ではないのか?」

 

 バールを構えるサイルスさん。もう完全に愛バールにしてんな。


「まだ猶予はあるはずです。ゴブリンを移動させるなんて手間でしかないですからね」


 首長クラスが仕切るんだろうが、ほぼ本能で動いているようなヤツら。食料も持たずに移動とかまともにできるわけがない。今から出たとしても何十日とかかるだろうよ。


 気が重いと席を立ち、男爵のところに向かった。


 男爵は起きており、パンとコーヒーで朝食を食べていた。自分の執務室で。


 ……この人、本当にここに住んでいるみたいだな……。


「悪い知らせのようだな」


「はい。ただ、いい知らせもありました。マリットル要塞にマガルスク王国の生き残りが集結しており、ミルズガンってところに籠城している都市がいくつかあるようです」


 すぐに机を片付けて地図を広げた。


「確かな情報か?」


「はい。これってないくらい確かな情報です。ミルズガンってどこですか?」


「ここだ。ランティアックからだと西、馬で五日から六日のところだ」


 馬だと一日約四十キロは走れるってことなので、六日だと二百四十キロ。真逆って感じだな。


「ミルズガンは一大穀物地帯だ。ランティアック並みの大都市があり、周辺にマルシファ並みの町が五つくらいあったはずだ」


「公爵領なんですか?」


「ああ。マガルスク王国には三人の公爵がいる。ミルズガン公爵は最大勢力を持っておる」


「優秀な方のようですね」


「その息子が、な。ミルズガン公爵は王都にいたはずだからな。領地は息子に任せていたはずだ。わたしは会ったことはないが、ウワサだけは聞いている」


「それならその方を国王にして民を纏めさせたほうがいいかもしれませんね」


「ランティアックが臣としては素直に頷けんが、この状況ではミルズガン公爵の子息が立つしかないだろうな」


「そうですね。ランティアックはまず再興することに集中したほうがよろしいでしょう。ここは鉱山がありますからね」


 それを掘るドワーフはいないが、市民権を与えるなら残るドワーフもいるだろう。ミルズガンにもドワーフがいるかもしれんからな。


「手紙をいくつか書いてもらえますか?」


「いくのか?」


「はい。ゴブリンの将軍が三軍を動かしたようなのでセフティーブレットが全力で相手します」


「……そうか。急いで手紙を書く。ランティアックの文官を三人か四人、連れてってくれんか? こちらの状況を語る者がいたほうがタカトの手間も減るだろう」


「ご配慮、ありがとうございます。用意もあるだろうから明後日の朝に出発でよろしいですか? こちらは明日にでも部隊の一つを先行させます」


「わかった」


 ため息を一つ吐いて、冷えたコーヒーを一気飲みした。ご苦労様です。

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