第964話 *マリル* 3

 男の子の名前はヤッカと言い、今年の春くらいに両親が病気で死に、親戚の家に引き取られたそうだが、バデットのことで食糧難になり、捨てられたそうだ。


 子供を捨てる。それはよくあることだ。村でもあった。あたしらだって両親が蓄えを残してくれなかったら死んでたでしょうよ。


 よくあること。そう思えていたのに、おじちゃんに拾われてからよくあることって思えなくなった。


 だからって同情でこの子たちを受け入れたりはしない。無責任は一番ダメだからだ。


 と言っても割り切れないのが人間だ。優しさを知ったら情というものがどれだけ大切なものかわかったから。


 だからそんなときは利用しろ。情を利用してあたしらの目的のために使え。働かせて報酬を払え。それだけでもきっかけとなり助けともなるから。そうおじちゃんが言っていた。


 でも、それはおじちゃんの優しさなんだろうな~って思う。


 あたしがきっと非情で嫌なヤツだったら一緒に連れてってくれることはなかったはずだ。そして、そんな人間にならないよう教えてくれてるんだと思う。


 ──仲間にするなら尊敬できるヤツ。


 そうおじちゃんが言っていた。そして、おじちゃんは言ってくれた。お前は弟思いで見捨てなかった。それだけで尊敬できるって。


 おじちゃんがあたしたちを仲間と、家族と思ってくれてるならあたしは非情にも嫌なヤツにもならない。立派な人間になれるかはわかんないけど、おじちゃんに恥じない人間にはなってやる。


「ヤッカは偉いな。よく小さい子を見捨てなかった。尊敬するよ」


「うん。おれと同じ歳くらいなのにスゲーよ」


 マルゼもあたしと同じことを思ったんでしょう。ヤッカを褒めた。


「……お、おれは別に……」


 褒められてテレたんでしょう。そっぽを向いてしまった。


「マルゼ。炊き出しするよ」


 ここは城壁の端で、貧民区みたいなところだった。ヤッカみたいな子、今にも死にそうな人が集まっていた。いや、集められていた、かな?


「……助けてくれるのか……?」


「仕事をしてもらうんだよ。そのためにはしっかり食ってもらわないといい仕事はできないからね」


 食料や水はたくさんある。と言うか、おじちゃんはこんなことがあるだろうと用意してくれたんだろうな。いくつもの未来を予想して準備しているから。


 負けられない。


 セフティーブレットには優秀な人が多い。あたしとそう変わらない歳の子が一部隊を任せられているし、駆除員はバケモノみたいに強い人ばかりだ。


 さすがにあの人たちのようになれとか言われたら無理だけど、おじちゃんに「任せた」と言ってもらえるようにはなりたい。おじちゃんを支える一人にはなってやる。


 炊き出しはマルゼに任せ、あたしは貧民区的なところを見て回った。


 ……酷いものだ……。


 あたしのいた村がまだマシに見える。これはもうごみ溜めじゃないか。まだネズミでもマシなところに住んでいるよ。


「もう少ししてたら外に捨てられてた」


 ヤッカの言葉にでしょうね、と出そうになって無理矢理飲み込んだ。それはさすがに酷い返しだと思ったから。


「それは運がいい。捨てると言うならあたしたちがいただかしてもらうよ」


 酷いことは言わないが、だからって優しい言葉も吐かない。ヤッカたちを利用するって体を保つためにね。


「あ、嫌なら断ってもらっても構わないよ。嫌々仕事をされたら困るからね」


 飴と鞭はちゃんと使いこなさないとね。


「ヤッカより年上はいないの?」


「死んだ」


 ヤッカの目を追うと、土が盛り上がっていた。あれは、かなり死んだみたいだね……。


「そっか」


 あたしは神など信じなかったけど、おじちゃんをここに連れてきたの女神様であり、神の奇跡を見てきた。


 死んだ者がどこにいくかはおじちゃんにもわからないそうだけど、生まれ変わりはあるみたい。よく「次は平和な時代に生まれてこいよ」って死者に向けておじちゃんが言っていたっけ。


「次は平和な時代に生まれてきなよ」


 人生初の祈りを身も知らない死者に送った。


「……ヤッカにーちゃん、マリタミが……」


 五、六歳の女の子が近づいてきた。


「……そうか。とうとうか……」


 どうやら死にそうな子がいるみたいだ。


「その子のところに案内して」


 ヤッカにマリタミって子のところに案内してもらった。


 そこはただ廃材を組み合わせてボロ布の屋根があるだけのゴミにしか見えないところだった。


 その中には皮と骨としか思えない女の子が眠っていた。


 口元に耳を近づけると、辛うじて息はしていた。こんな姿になっても人は生きてられるんだね……。


 鞄からペットボトルを取り出し、封を切って回復薬小を砕いて中に入れてよく振った。薬が飲めないときの対処法だ。


 回復薬小だとそこまで効果はないが、これは神代の薬。効果は絶大で、一口飲ませただけで肌に赤みが出てきた。


「…………」


 しばらくして女の子が瞼を開いた。


「さあ、飲んで」


 外套を丸めて枕にし、もう一口飲ませた。


「ゆっくり眠りなさい」


 使い捨てカイロを出して両脇に挟めてやる。よくここまで生き長らえたものよね。ここの人らは生命力が強いのかな?


「目覚めたらまた飲ませて。一気に飲ませたらダメだよ。ゆっくりとだからね」


 呼びにきた女の子にペットボトルを渡した。

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