第962話 *マリル* 1
違う国って言っても別段変わった景色はなかった。ちょっと空気が違うかな? ってくらいだ。
ぼんやり景色を見てたらパイオニアが止まった。
「あれがマルシファだ」
壁に囲まれた町で、その周りは畑になっている。国でも見たことがあるので新鮮味もない。目隠しで連れてこられたら外国ってわからなかっただろうな~。
「人が出てるな」
あたしもプランデットで数百メートル先の城門を見た。
「兵士がいるね」
「そうだな。あれじゃ正面から入るのは難しそうだな。ランティアックの名を出したら入れるか?」
「大丈夫。夜になったら忍び込むよ」
あのくらいの壁なら問題なく登れる。山の人間をナメないでもらいたい。
「そうか。まあ、あのマスターが引き取った子なら問題ないだろう」
「問題ないの?」
「あのマスターは優しいが、無闇に子供を受け入れたりはしない。コラウスでも孤児に好かれていたが、決してセフティーブレットに入れることはなかった。だからお前たちを受け入れたと聞いて驚いたよ。きっとお前たちの才能に気がついたんだろうな」
あたしたち、おじちゃんが認めてくれるような才能があるの?
「まあ、今はマスターに頼まれたことをやれ。但し、無茶はするな。死ぬくらいなら逃げろ。そうくどいくらい言われただろう?」
「う、うん。安全第一、命大事に、って」
「取り返せる失敗はしても構わない。わからないことは恥じじゃない。お前たちの失敗は大人が面倒見てやる。五体満足で戻ってこい。って言っても神薬があるから腕一本なくなっても問題ないんだがな」
「あるよ。痛いよ」
「アハハ。そうならないように気をつけることだ。じゃあ、がんばれよ」
そう笑って帰っていった。
「……早く大人になりたいな……」
村の大人はいけすかないヤツばっかりだったけど、おじちゃんを筆頭にセフティーブレットの大人は優しい大人ばっかりだった。
「おれはまだ子供でいたいな。おじちゃんにまだ教わりたいことあるし」
「ほんと、あんたはお子様なんだから」
「子供なんだよ。悪いか」
おじちゃんが甘やかすからさらに子供っぽくなってるんだから。あたしがマルゼくらいのときはもっと大人だったのに。
「まったく。でも、こっからは子供とか甘えたことはなしだよ。おじちゃんの指令は完遂するんだからね」
おじちゃんの目に狂いがあったとか周りから思われたらあたしらの立つ瀬がない。おじちゃんが喜ぶ情報を持って帰るんだ。
「わかってるよ。おじちゃんに褒めてもらいたいし」
本当に子供なんだから。まあ、あたしも褒めてもらえたら嬉しいけどさ。
「じゃあ、暗くなるまで待つよ」
「うん」
生活はよくなり、着るもの食べるものに困らなくなった。でも、あたしたちは山で狩人として暮らしていた。その技術は今も消えてはいない。いや、消してはダメだとより一層磨いてきた。
草の中に身を隠し、夜まで動かず待ち、完全に暗くなったら動き出した。
先頭はあたしが走り、マルゼには後方を任せた。
見つかることなく城壁まできたら凹凸に指をかけて登り出した。
これだけの凹凸があるなら余裕だ。この倍あっても余裕ってものよ。
城壁の上は見張り用の通路となっていて、兵士が篝火の近くにいた。
「あまり本気で見張ってないね」
「だね。油断してんのかな?」
「そうかもね」
他の町も生き残っていたことがわかったから安心したんでしょうよ。油断って怖いよね。あたしも気をつけないと。
闇に隠れて城壁を下りたら明るほうに進んだ。
もう夕食時間を過ぎたので道には誰もいない。バデットのせいで酒を飲むこともできないんだろよ。
「写真撮る?」
「それは明るくなってからでいいよ。まずは寝床を探そう」
明日のためにも眠っておかないとならない。馬小屋の横にある物置小屋みたいなところに潜り込み、カロリーバーを食べる。
「マルゼ。先に眠りな」
まだ八歳に夜更かしは辛い。さっさと眠らせて、朝方に交代するとしよう。
久しぶりに夜更かししたので辛かったけど、たまにこういうことしないと鈍ると思って堪えた。
午前四時くらいにマルゼが起きて交代。三時間くらい眠れた。
「ねーちゃん、大丈夫?」
「このくらい平気よ」
本当はちょっと眠いけど、姉の威厳がある。ペットボトルを出して顔を洗った。
「ねーちゃん」
誰か馬小屋にきたようで、物音を立てないよう外に出た。
町の朝は早いようで、道には結構な数の人が往来していた。
「服は間違ってないようだね」
「でも、なんか汚そうじゃない?」
確かに町のヤツって綺麗なのに、なんかくたびれ感が出ていた。それにちょっとだけ痩せているような気がする。
「あたしらもちょっと汚くしようか」
綺麗すぎて目立ちそうだ。
目立たないように汚すってのも変だけど、さすがに綺麗すぎる。潜入する前に汚すんだったよ。
「ねーちゃん、寒いんだし外套でもいいんじゃない」
「あー確かに」
エルフの下着を着ているから寒いとか暑いとか感じ難い作りだから意識から外れてたよ。
鞄から外套を探し出して纏った。
「よし。マルゼ、写真は任せた」
「了解。どこからやる?」
「まずは逃走経路を探すとしようか。生きて帰るためにね」
最大の目標は生きて帰ること。死ぬほうがおじちゃんの期待を裏切ることだからね。
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