第948話 人間らしさ ★

 やる気があればなんでもできる。


 うん? 元気だったっけ? なんだっけ? ま、まあ、なんでもいっか。


 人は経験を積み、結果を出せば成長するもの。バデットを行動不能にする速さと効率性が日に日に上がっている。


 今日も三回出て数百ものバデットを行動不能にしてきた。


 やり遂げた兵士たちの顔は満足に満たされている。この分なら隊をもう一つ作ってもいいかもな。


 ランティアックにバデットが何匹(人ではないので匹扱いします)いるかはわからないが、雷牙も単独で動いてくれているので数は確実に減っているはず。隊を増やしても問題はないだろうよ。


 今日の仕事が終われば男爵に報告に向かった。


「異界の技術は凄いものだな」


「この世界もあと三百年くらいしたら同じものを造り出せると思いますよ」


 人間社会が繁栄してたら、だけど。


 この世界はなにかと問題がある。元の世界のように発展するのは難しいだろうな。いつか種族間戦争とか起こしそうだ。


 街の様子を撮った写真をホワイトボードに貼っていき、状況を説明する。


「まだまだいそうか?」


「何万匹もいますからね。数日では終われませんよ。それより、民衆も働かせたほうがいいですね」


「働かせる?」


「時間をかければバデットは駆逐できます。ですが、死体が消えてくれるわけではありません。片付けなければ街の復興もできません。今から死体を片付けられる穴は掘っておくべきです」


 これから冬がくるから腐敗も緩やかだが、だからって腐敗が止まることはない。運よく疫病もなく白骨化したとしても街中に散らばっていたら生活を取り戻すのも大変だ。どっちにしろ片付けなくてはならないのだ。


「マガルク様。これからのことを考えておいてください。ランティアックを復興するか、別の土地に移るか、動くなら早め早めにしたほうがいいですよ」


 誰かが助けてくれるわけじゃない。自分たちで行わなければならないのだ。なら、早め早めに動いたほうがいいだろうさ。


「本当にバデットをどうにかできると思っているのだな」


「実際、どうにかできてます。なら、先の先、十年後を見て行動するのが上に立つ者の勤めですよ」


「耳が痛いな」


 未曾有の出来事を前に冷静に考えられる者はそういないだろう。男爵を見ているとワンマンって感じだ。部下を育てるなんてしてこなかったんだろうな。腹心と思える者もいない感じだ。


「どんな優秀な方でも組織を形成する以上、人抜きにしては語れません。任せられる者がいるってことは組織として強固な証。いないということは組織として間違っているってことです」


 誰がトップになってもすんなり移行できるのが強固な組織ってものだ。オレが目指すセフティーブレットはそうなるように築いている。


 仮に今、オレが消えたとしてもすんなりミリエルに移行できる。そのあとはまだ準備中ではあるが、駆除員がいる限り、シエイラかルシフェルさんに託せるようにさてある。


 実際、ミリエルは別行動できているし、館にオレがいなくとも運営できている。組織は人だ。人を育てなければ組織なんて形成できないんだよ。


「本当に耳が痛いよ」


「まあ、今からでも遅くはありません。後継者を育てるといいでしょう。ランティアックのためというならね」


 こちらとしてはランティアックの未来に責任はない。滅びるならまた別の手を考えるまでだ。


「そうだな。そうするとしよう」


 優秀な人は目標や目的ができたらどこまでも冷静になれるよな。まあ、それも良し悪しだけど。


「タカトは誰にも求められなかったのか? それだけの才能があれば欲しがる者はいただろうに」


「この世界にきてからはいませんね。部下になりたい人はいたのですが、誰も求めてはくれませんでした。オレとしては誰かの下でぬくぬくと生きたかったのに……」


「いや、わかるような気がする。お前は危険すぎる。部下にいたらおちおち仕事もしていられんだろうな」


「別に上の地位を求めたりしないんですけどね」


「いっそのこと狙ってくれたほうが安心だ。一番不気味なのは出世欲もないのに上司より人望も能力も優れた者だ。気に入らなければいつでも上司の首をかっ斬れる部下など怖くて近くにおけんだろうよ」


「…………」


「少しは否定しろ。もはや脅しと同じだ」


「次からはそうします」


 そうか。否定しないとダメなのか。否定したほうが認めているように見られるのかと思ってたわ。


「ふっ。わたしも案外人間らしいところがあったのだな。ククっ」


 なんだかうれしそうに笑う男爵様。なにか嬉しいことはあっただろうか?



 ──────────────────────



 *マガルク・ライダ男爵*


 タカトが部屋を出ていくと、深いため息をついた。


 わたしの前に現れたときからこの男はなにか違うと感じたが、やっとわかった。あれはバケモノだ。タカトを誘わなかった者たちもきっとわたしのような感情を抱いたのだろうよ。


「……毒だな……」


 いい意味でも悪い意味でも毒だ。あんなもの懐に入れてられるか。常に首筋に刃を突きつけられているようなもの。落ち着いて仕事などしてられんわ。


 席を立ち、窓辺に立つ。


 外では兵士たちがバデットを倒す準備をしている。絶望で暗く沈んでいたのに、今は活気に満ちた顔に変わっている。


「たった数日だぞ?」


 たったそれだけで希望に変えるとか冗談にもほどがある。


「あの男と争うのは悪手でしかないな」


 部下にするのも嫌だが、敵になるのはもっと嫌だ。よき味方でいるのが最良だろう。あの男はなにかと働いてくれるからな。

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