第945話 兵士たちよ

 なんて言ったところで連絡をくれる者なんているわけもなし。自分で考えて自分で行動するしかないのだ。


「今後の予定は?」


「正直に言えばないに等しい。この状況を覆させる方法があるなら教えて欲しいくらいだ」


 その気持ち、よくわかります。


「覆させることはできませんが、ランティアックにいるバデット化した人間を排除することは可能です。ランティアックの兵士を貸していただけるのなら、ですが」


 ロズとの約束を果たすためにはここで時間を稼がなくてはならないし、バデットも排除する必要もある。二つの目的を実行するには兵士をオレの指揮下に置くのが最良なはずだ。


「なんとかできるものなのか?」


「あんなものは人手と時間をかければどうとでもなります。復興はもうお手上げですが」


「どうすればどうとできるのだ?」


「バデットは所詮、タガが外れただけの人間。本能で動いているだけの木偶です。倒しようなどいくらでもあります」


 どうにかする方法をいくつか語ってみせた。


「……確かに言われてみればそうだが、それが可能なのか……?」


「そのための兵士です。動かせる兵士は何人なのですか?」


「最大で百八十人だ」


「……それしかいないのですか……?」


 これだけの都市で二百人もいないってあり得るのか? 兵士千人は見込んでいたんだけど!


「最初のバデット襲来で約半数、千人を失い、食料確保に動いてさらに半分を失った」


「指揮官はアホですか?」


 二千人近くはいたってことだろう? それだけいたらどうとでも動けただろうが。無能か!


「返す言葉もない」


「あ、いえ、失礼しました。民のために散った命に言う言葉ではありませんでした」


 指揮官が無能でも救った命はあるのだ。罵るのは心の中だけにしておこう。


「構わない。わたしも聞いたときはそう思ったからな。管理できなかったわたしの責任でもある」


 男爵の責任かもしれんが、その指揮官があまりにも無能すぎる。


「過ぎたことを言っても仕方がありません。これ以上、悪くしないために動くしかありませんね」


「そうだな。百八十人で動けるのか?」


「まったくいないよりマシと考えましょう。まず、上位の兵士を十名くらい、集めてください。バデットに対抗する知識と技術を覚えてもらいます」


 いきなり百八十人を動かしても失敗するだけ。まず、指揮官を育てなければなにもできんわ。


「わかった。すぐに呼ぼう」


 この人の優秀さを見せつけるように二十分もしないで十六名の兵士が集められた。


 年齢はバラバラだが、生き残ったからこそ選別されたって感じの顔つきだった。


「マガルク様。あなたの権限でオレを臨時指揮官として任命してください。バデットを片付けていくうちにオレが正式な指揮官や下士官を選び、命令を渡していきますので」


 このままランティアックに取り込まれる流れを作られても困る。育ったのならさっさと指揮命令を渡すとしよう。


「わかった。わたしの名でイチノセタカトを臨時指揮官とする。ランティアックの兵士はイチノセタカトの下につけ。全兵士に伝達しよう。これを」


 男爵からなんか豪華な剣を渡された。


「兵士団団長の証だ。次の者に渡してくれ」


 よく無能から回収したものだ。誰か優秀なヤツが側にいたのか?


「わかりました。預かりましょう」


 こんな剣を渡されても邪魔なだけだが、兵士を纏めるための道具なのだから大人しく預かるとしよう。


「広い部屋をお貸しください。いきなりオレの命令を聞けと言われても兵士たちも戸惑うでしょうからね。まずお互いを理解できる時間を取りましょう。そのほうが効率的ですから」


 どんな仕事でもコミュニケーションが取れていたほうが効率よく動けるものだ。ただ上から命令するのは逆に効率が悪いのだ。特にこういう暴力集団を纏めるのはな。


 でも、だからと言ってナメられる行動をしてもダメだとカインゼルさんが教えてくれた。力でも知識でも上に立たないと下はついてこないそうだ。


「ロダル、第一会議室に案内しろ」


「はっ! こちらです」


 そう返事をしたのは四十台くらいの男で、兵士歴が長いことが体全体から出ていた。


 ……今のところ、この人がトップとして立っている感じだな……。


 第一会議室は、なかなか広い部屋で、二十人くらい座れるテーブルと椅子が並べられていた。


「とりあえず、机と椅子は端に避けてくれ。今は戦時中みたいなものであり、ここは最前線だ。優雅に席についておしゃべりなんて気が抜けるだけだ」


 コラウスでは兵士が席に座って会議などなかったそうだ。


「少し準備のために消えるが、気にしないでくれ──」 


 ホームに入り、ホワイトボードやスケッチブック、プランデット、カロリーバー、水を出した。


 突然オレが消えたことに驚いていたが、バデットやらなんやらで精神が鍛えられていたのだろう。恐怖は感じていなさそうだった。


「まず、自己紹介といこうか。オレは一ノ瀬孝人。姓が一ノ瀬で名は孝人。見てのとおり異国人で貴族でもなんでもない。今はゴブリンを駆除するギルドを組織してこの国に魔王軍の将で約六万のゴブリンがいると聞いてやってきた。まあ、今はバデットを駆除するために臨時団長となったわけだ」


 カロリーバーを兵士たちに配りながらオレのことを語った。


「若く見えるが、これでも三十一歳だ。それなりの修羅場、激戦を経験している。運よく魔王軍の将を一人、撃ち取ることもできた」


 カロリーバーのシュリンクを外して口に入れた。


「これ以上、兵士を減っては困る。それを食って力をつけろ。ランティアックの兵士たちよ」

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