第944話 マガルク・ライダ男爵

「先に言っておきます。もし、その言葉が無礼と思うなら殺すなり投獄するなりお好きになって結構。甘んじてお受けしましょう」


「いや、そなたを罰しようとは思わない。ここに単独できたならそなたにはそれだけの力と戦力を保有しているのだろう。街での音を聞いただけでわかる。可能な限り敵対はしたくないと思わせるだけの者だった」


 へー。なかなか状況判断に優れた人っぽいな。


「……もしかして、試されましたか……?」


 ふと思って尋ねてしまった。


「度胸だけではなく勘もよいか」


 やはり試されていたようだ。なにを試されたかまではわからんが。


「返してやれ」


 兵士にそういうと、ガンベルトを返してくれた。


「失礼なことをして申し訳ない。魔王軍の動きもあったので警戒させてもらった」


 魔王軍であることを知るなにかがこの部屋にあるのか!? 


「なによりも賢いというわけか」


 あ、つい目が動いてしまったよ。なんだ、この人? 公爵とは違う怖さがあるぞ……。


「なるほど。生き残れたのはあなたがいたからですか」


「わたしなどなんの役にも立っておらんよ。いつも後手後手だ」


 自嘲気味に笑う。その後手がなければここはとっくに滅んでいただろうな。


「魔王軍の将はマグラグ。ゴブリンです。兵力は約六万。もし、どこにいるか知っていれば教えていただけませんでしょうか? それなりのお礼はさせていただきます」


 机の上に密封袋に入れた回復薬大三粒を置いた。


「神薬です。一粒飲めばどんな大病もどんな大怪我も回復させます。試しに一粒使ってみるといいでしょう」


「……神の使徒なのか……?」


「この地にもいたのですか!?」


「去年までいたようだ。調べに出たときはもう亡くなっていたそうだが……」


 や、やはりか。駆除員は一人でなく数人は連れてこられている気がしてたんだよな。


 駆除員を調べると、なにか辻褄が合わないことが度々あった。前後が逆になっていたり話が噛み合わなかったりと、複数人にいたらのなら納得だ。駆除員の活躍が混ざっていたのだ。


 それに、百年に一人送り込んだところで焼け石に水。百年もあったらゴブリンは簡単に数百万に達している。それが抑えられているのが不思議だったんだよな。


「そう、ですか。同胞がいたのですね。会えなくて残念です……」


 オレと同時期なら一年として生きられなかったってことだ。知り合いもいない地で無念だったことだろうよ。


 どう弔いをしていいかわからんので敬礼して黙祷した。


「……失礼しました……」


 オレからもダメ女神に罵倒しておいたよ。天国にいけたかわからんが、よき来世であることを願うよ。


「いや、気にしなくてよい。話を戻そう。情報によれば魔王軍は王都にいるそうだ」


 マガルスク王国の地図を見せてもらった。四国っぽい形してんな。


「案外、国土は狭いのですね」


 王都まで馬車で四から五日。高い山もなく、大きな川もない。形だけじゃなく大きさまで四国くらいの大きさみたいだな。


 ソンドルク王国とは海岸線の一部が繋がっているだけ。大森林で分断されているような感じか。


「他の国に応援は呼べなかったのですか?」


「呼んだが、他国の問題に快く引き受けてくれる国はない」


 まあ、そうだろうな。この時代じゃ自国を守ることもできないでいる。他国に応援とか、よほど関係が良好でないと無理だろうよ。


「マガルスク王国の異変は去年からソンドルク王国にも流れてきましたが、ここまで後手に回ったのは魔王軍の仕業なので?」


「確証はないが、おそらくそうだろう。海の近くにあるランダニガがまず落とされ、それからしばらくして各地でバデット化が発生した。最初は上手く対処していたが、バデット化する早さが異常すぎた。そのうち各都市との連絡が途絶え、ランティアックでもバデット化が始まった。さらに疫病が流行り、城門を閉めるのがやっとだったよ」


 よく状況を調べているな。


「今さらですが、あなたはランティアック辺境公領でどんな立場なので?」


「わたしは、マガルク・ライダ男爵。辺境公の代理で公都を預かっている」


「……こちらでは男爵という地位は高いのですか?」


 所変われば品変わる、的な?


「いや、爵位としては低いが、我がライダ男爵家は、代々辺境公の代理としてランティアックを預かっている」


「……迫力がもう公爵か宰相のようですね……」


 なんの見た目詐偽だよ?


「よく言われるよ」


 でしょうね! 迫力と爵位がかけ離れすぎだ!


「あなたに──マガルク様に皆が従うのもよくわかりました」


 実力とカリスマでランティアックを守ったのだな。この人スゲーよ。


「それには感謝しておるよ。ランティアック家の血を絶やさずに済んだ」


「辺境公はいないので?」


「もうこの世にはおらんだろう。王都に向かわせた者は戻らず、王都から逃げてきた者らは最悪な情報しかもたらさなかった……」


 そう決断できるのも凄いな。


「では、今は誰を旗頭としているのです?」


「辺境公様のお孫様、シャーリカ様だ」


 響きからして女か。なかなかこの時代では厳しいな。男なら最前線に立たせてランティアックの民を奮い立たせることができるのにな。


「他には?」


「いない」


 ここから逆転する方法があったら異世界のオレのところまでご連絡くださいませ。

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