第939話 緊急事態
平和なときが続いて逆に怖い。不安が増してきて落ち着かなかった。
これが社畜体質というものだろうか? 忙しいのが日常で当たり前とか本当に嫌すぎる。退職したらボケると聞いたことあるが、これが原因だろうか?
それでも昼間から美味い酒を飲め、家族が作ってくれた美味いツマミが食えているのだからまだマシなんだろうよ。
「おじちゃん!」
「師匠!」
すっかりマウンテンバイクのコースとなった道をマルゼとマルグが走り抜けていった。
「すっかり兄弟だな」
名前も似てるし、性格も似ているからか、種族の壁を越えて仲良くしているよ。
「マリルはなんかモテてるな~」
ルズの長男坊やマルスさんの息子からも気に入られてたし、今も見習い冒険者たちが集まっている。魔性か?
確かに可愛い子ではあるが、少年たちを虜にする魅力がなんなのかわからん。なんかフェロモンでも出してんのか?
「ほら! 真面目に走れ!」
酒を飲んでいるオレが言っても説得力はないが、少年少女たちの監視はちゃんとやっております。
パイオニアの講習も終わり、各自で弄られるようになったので輸送部のや二号を整備させている。下手にオレが関わると成長しないだろうから任せたのだ。
ゴブリンも増え始めてきてはいるが、通常量に戻ったようで請負員が全員で取りかかるほどでもない。少年少女たちは訓練に勤しんでもらうことにしたのだ。
一緒に自転車の訓練している職員もいるので、オレはホットワインを飲みながら監視させてもらっているんです。
「自転車も普及してきましたね」
昼行灯のロイスがやってきた。
「そうだな」
ホットワインを差し出したらすぐに受け取って口にした。
「身に染みる季節になりましたな」
気温から十一月に入った感じだ。暖かい部屋が恋しくなるよ。
「このまま平和に冬を迎えたいものだ」
セフティープライムデーまでに稼いでおきたいが、無理をしてまで稼ぎたいとは思わない。弾薬代がかさまないだけでもマシだろうよ。
「あまり信じてない口調ですな」
「この世界連れてこられてから平和が一番怖くて仕方がないよ」
このままハッピーエンドになるのなら事例が一つくらいあっていいはずだ。それがないというならバッドエンド級のなにかがあるってことだ。
いや、今までもバッドエンド級はいくつもあったが、この世界、不穏なことが多すぎんだよ。知的生命体、滅びすぎてんだよ。ダメ女神が管理してる世界なんだよ。これでハッピーエンド目指せるヤツがいたら会ってみたいよ!
「平和とは次の戦いが始まるまでの準備期間、ですか」
「この世界にもそんな言葉があるんだな」
「きっと使徒様が残した言葉でしょう。ここのヤツがそんなこと考えられるとは思いませんからね」
仮に言ったところで伝わるには貴族並みの財力がなければ無理だろう。それで知っているロイスが優秀ってことなんだろうな。
──ピローン!
言っている側からきちゃったよ。吉か凶かどっちだろうな?
──五日前に十二万四千匹突破しました。
どうやら凶のようだ。
──マガルスク王国でバデットが限界を向かえました。王国はもう壊滅でしょう。セフティーブレットの一員はこの城壁都市に閉じ籠っています。
やはりか。こうなることは予想してたよ。
──本来なら山崎さんに報告するのが筋ですが、距離的に不可能なので孝人さんに依頼します。
ってことは魔王軍が関わっているってことか。
──魔王軍十六将の一人で、ゴブリンの将軍です。ミサロさんが所属していた軍であり、配下もゴブリンで構成されております。その数、約六万。稼ぎ時です。
凶よりの大吉、って感じだな。
──十六将マグラグを倒せば三千万円が払われます。バデットは魔力兵器は効果が薄いのでご注意を。あと、わたしの権限でエクセリアさんをマガルスク王国に派遣します。一時間後、用意が整えば一回限りの転移を行い、マガルスク王国に送ります。では──。
「──ロイス、職員を館に集合させろ! 全員じゃなくてもいい! 緊急事態だ!」
巨人になれる指輪をして酒を抜き、館に向かって走った。
「緊急事態だ! 職員を集めろ! 二十分以内にだ!」
事務室でホームに入り、戦闘強化服に着替え、付与魔法を施したレッグバッグをつけたら弾丸を詰め込み、タボール7をつかんだ。
玄関にあるホワイトボードに緊急事態の赤色の磁石を三つつけた。これは最優先を意味し、ホームに待機する知らせでもある。
外に出ると、職員たちだけではなく関係者がたくさん集まっていた。
「リミット様よりアナウンスが入った。マガルスク王国でバデットが溢れて国が崩壊した。ロズたちは城壁都市で立て籠っているらしい。それ以上の情報ない。リミット様がオレとエクセリアさんを特別に先行させてくれるそうだ。落ち着いたら戻ってくる。それまで向かいたいヤツは準備を進めておけ。敵は魔王軍の将。約六万のゴブリンとバデットした人間だ」
懐中時計を確認。あと十分くらいだろうか? 準備に手間取ったな。
「一度に派遣する数には二十人そこら。最初は戦闘強化服を着れる職員を優先する。人選はルシフェルに任せます」
「任された」
ルシフェルさんが頷いてくれたのでその場を離れ、シエイラの部屋に向かった。
シエイラのところにも緊急事態は伝わったのだろう。表情が少し固かった。
「悪いな。仲間を救ってくる。産まれるまで戻ってこれないかもしれん。体に気をつけろよ」
シエイラの頬に手を当て、腹にも触った。ダメな父親でごめんな。
「ええ。いってらっしゃい。こちらは任せなさい」
シエイラの笑顔にオレも笑顔を見せてヘルメットを被った──ら、視界がブレてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます