第937話 *カインゼル* 6
詳しいことはあとにして、アーベイグ様とご親族をこちらに移ってもらい身を清めてもらい用意した服を着てもらった。
ご家族様は、アーベイグ様のご親族だけ。ミリエルのご親族はいなかった。詳細もわからないそうだ。
ただ、亡くなる前にアルゲイス様かアーベイグ様に爵位を譲っていたそうだ。
爵位の譲渡は国王陛下の承認が必要らしいが、緊急時は譲渡できるらしい。ただ、正式に認められるには伯爵以上の方五名から認められないといけないそうだ。
まあ、今なら問題なくアーベイグ様は公爵として認められるだろう。タカトが伯爵以上の方を最低でも五名は味方にしているんだからな。
……タカトが王を目指すなら数年でこの国を支配できるんだがな……。
恥ずかしいが、小さい頃は王の騎士になるのが夢だった。王でないとしても女神の使徒を支える一人となれた。夢が叶ったと言っていいだろう。ふふ。
と、イカンイカン。最近、思考が脇道に逸れてばかりだ。兵士長時代の自分から考えられんな。
「側仕えや兵士を組織しておいてください。ここにあったもにはアーベイグ様にお渡しします。民にも分配してください」
公爵と言えど金がなければ人はついてこない。こんな島でなにに使うのかわからんが、金が結構隠してあった。それをアーベイグ様に渡すことにした。
「……わたしが戻ってもよいものなんだろうか……?」
不安そうな声をあげるアーベイグ様。まあ、わからないではない。公爵だなんだと言ったところで力がなければなにも言えん。なにもない今の状況でお家の再興など考えもつかんだろうよ。
「それは、アーベイグ様次第かと。ただ、わしらはアーベイグ様にお味方させていただきます。あなた様が望むならモリス家再興もそう難しくないかと。それを可能にする者がおりますから」
「誰なのだ? こんな王国にケンカふっかけるようなことをするのは?」
「女神様の使徒であり、女神様よりゴブリンを駆除しろと異世界より連れてこられた男です。数人の伯爵様を味方にし、あのミヤマラン公爵様の信を置かれるほどです」
「ミヤマラン公爵にだと!?」
あの方は十年前も名を轟かしていたお方だった。貴族であの方を知らなければぼんくらもいいところだろうよ。
「名はイチノセタカト。ゴブリン駆除ギルド、セフティーブレットのマスターです。わたしが仕える者です」
タカトとしては迷惑だろうが、わしはタカトに仕え、タカトを死なせないためにいる。この命尽きるまでわしはタカトを支えるのだ。
「あなた様が望めばタカトはモリス公爵家を再興するでしょう。どうするかはアーベイグ様次第です」
タカトなら最速でモリス公爵家を再興させて、諸領連合軍を創り上げるだろう。下手したらアーベイグ様を国王にと考えるかもしれんな。あいつはいくつもの手を考えて、どうなってもいいように動いておるからな。
「三日後にここを発ちます。食料は王都から運んできますので体力を回復してください。数に限りはありますが、病気がいる者には神薬を飲ませます。体力がある者は使えるものを集めてください」
港を手に入れたので食料を運ぶことは難しくないが、やはりミジャーの影響で食料が高くなっている。どこかからか手に入らないものか?
「魚でしたら捕まえてきますよ」
「魚か。食えるとは聞いたことがあるが、すぐ捕まえられるのか?」
海のないところで育った者には魚と言われてもピンとこんのだよな。報酬で買えるのは異世界の魚だ。調理済みなのでどう食うかもわからんよ。
「そうか。頼む」
さすが元漁師。見たこともない魚を捕まえてきてあっと言う間に捌いてしまい、鍋に入れて煮込んだ。
「美味いな!」
調味料を入れて煮ただけなのにミサロが作るくらい美味いものだった。
「これなら毎日食いたいよ」
「毎日食ってたら飽きるものですよ」
そういうものかもな。わしも毎日芋は勘弁して欲しいし。なんでもほどほどが最良だな。
「まあ、魚が食えれば食料不足にはならんな。今のうちに捕まえててくれ。ここの者をすべてアレクライトに乗せるから」
さすがに島からの報告が途絶えれば確認にくる。勝てない相手ではないが、今の段階で国と事を構えるのは得策ではない。どこかに場所を移すとしよう。
「アーベイグ様。どこか親しくしていた方はいますか?」
「いたにはいたが、わたしらを匿ってくれる者はおるまいよ」
「そうですか。まあ、タカトに相談したらなんとかしてくれるでしょう」
移る場所ならたくさんある。それはタカトが決めたほうが事はすんなり運ぶだろう。
収容されていた者らもよく食べ、体を洗い、いい服を着たことで自尊心を取り戻した。
ただ、憎しみは消えない。それだけ重いものが積み重なっている。それをなくすことはできないが、少しでも軽くする必要はある。
「憎しみは自分らの手で果たしてください」
島を出る前日。憎しみを晴らしたい者らに剣や槍を渡した。
アーベイグ様も自ら剣を取り、民を纏めるためにも先陣を切って看守たちを刃にかけて回った。
「タカトに見せなくてよかった」
ニャーダ族のときは本当に疲弊していた。あれで心が折れなかったのはシエイラのお陰だろう。もう二度とタカトの手は汚させない。それはわしの役目だ。
響き渡る叫びを聞きながら固く誓った。
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2024年6月14日 第19章 終わり
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