第934話 *カインゼル* 3

 娼館の一つを陥落した頃、港に出向いたカナドから拠点を確保したと連絡がきた。


 マルゼンガ一家として館も落ち着いたので、カナドのところに向かった。


 拠点としたところも酒場であり、海の男を相手にした賃宿もやっているそうだ。


「カインゼル様。回復薬をお願いします。かなり深刻な病状の女たちがいました」


「わかった。深刻な者を優先して回復薬を飲ませろ。足りなければまたもらうからケチるなよ」


 回復薬にも限りはあるが、タカトなら惜しみなく使うだろう。残り僅かでもな。


 回復薬をすべて渡し、女たちを救うよう指示を出した。


 余ったのは五粒だけだが、死にそうな女たちは完全回復。神薬は凄いものだ。


 それでも失った栄養は回復されないので、手下たちに食材を集めさせて宿の親父にたくさん作らせ、女たちに食わせた。


「運がよかったな。これも女神様のご加護があったんだろう」


 タカトは女神に祈ったり頼ったりはしないが、わしらからしたら偉大なるお方。女神の力で救われたなら女神に感謝しておくべきだろう。


 女たちも奇跡をその身で経験したからから、素直に女神の存在を受け入れて、祈りを捧げていた。


 ……港や貧民街に教会がなくて助かったよ……。


 教会も慈善事業でやっているわけではない。自分たちの権威のために動いている。利益も生まないところには教会を置いたりはしない。タカトがクソだなと呟くのもわかるというものだ。


「カインゼル様。酒、まだありますかね?」


「んー。リキュール類ならあるな。甘いものしかないが、構わんか?」


 毎日の楽しみが酒なので消費が激しい。そろそろ補給せんと男たちが暴動を起こしそうだ。


「それはちょうどいいです。女たちに飲ませるので」


「女たち、元気になったのか? 回復するうちは飲ませるなよ」


 あと、妊婦には飲ませるとのことだ。あ、回復薬も妊婦には飲ませるなと言い忘れておったわ。


「もう回復して商売に励んでますよ」


「避妊具は渡したか? もう回復薬はないんだから病気にかからせるなよ」


 避妊薬はあるが、あまり体にいいものとは聞かない。また病気になっても回復させてやれんからな。


「はい、渡しました。使わない客は制裁するように言っておきました」


「さすがだな。お前はマフィアより商売をするほうが合っているのかもな」


 カナドは気が利く男だ。商人になっていたら大成していたんじゃないか?


「よしてくださいよ。おれはここで上を目指すんですから」


 野望があってなによりだ。タカトが好きそうな男だ。


「ふふ。お前なら貴族にでもなれそうなんだがな」


「貴族!? おれがですかい?」


「タカトなら無理矢理ならせるかもな。あいつは優秀なヤツは上に追いやるから」


「ほんと、勘弁してくださいよ。おれは町一つ支配するのがやっとの男ですよ。金ぴかな服を着て頭を下げる人生なんてやりたくありませんって」


「まあ、それぞれの野望だ。上に追いやられたくないなら出世はするなよ。タカトはやる男だぞ」


「ハハ。あの人ならやりそうだから怖いですな。目立たないようやっていきますよ。あ、本当に勘弁ですからね! そんな目でみないでくださいよ!」


 それは残念だ。やる気がないのなら諦めるとしよう。


 持っているリキュール酒を渡した。


「これ、果物ですか?」


「リンゴとモモって果物や蜂蜜を使った酒らしい。梅酒と同じものだな」


 ジムなんとかってウイスキーの酒らしいが、わしは日本酒派なのでよくわからん。女たちは美味そうに飲んでるがな。


「まあ、飲ませてみますよ」


「ウイルク一家の様子はどうだ?」


「大人しいもんですよ。マガルディア一家のことがウワサになっているようです」


 反撃の準備をしていることもなく、こちらの姿を見たらそそくさと逃げているそうだ。


「後ろ盾になっているヤツが早く出てきてくれると助かるんだがな」


「貴族にしたらクズどもがバカやっているとしか見てないんでしょうよ。抗争が終わったら接触してきますよ。自分らには逆らえないことを知ってますからね」


 クズな領主なら邪魔だからと言って兵に殺させることもよくあること。下々がどうなろうと気にもしない。家畜より下と見ているだろうよ。


「まあ、兵士がきたら構わず殺しておけ。港を手に入れたら海に捨てられるからな」


「やっぱ、戦争を知ってる人はこえーわ。殺すことに躊躇ねーぜ」


「これはタカトのための戦争だ。勝たせるためならわしはなんでもするさ」


 残りの人生をすべて捧げても惜しくない主。人殺しはわしの役目だ。


「やれやれ。タカトの旦那もおっかねーが、カインゼル様はそれ以上だな。敵になるヤツが気の毒だよ」


「敵に情けは無用。命乞いなど無視しろよ。恨みはすべてわしが受け持つから」


 タカトはゴブリン駆除だけをしていたらいい。汚れ仕事はわしがやる。女神様から任された役目だ。


「カインゼル様。港にアレクライトの小舟がつきました」


「ミリエルたちか。上空から見てたか?」


 商船も行き来していると聞いたが、ウワサに上がらないところをみると隠れているのか?


「誰がきた?」


「海兵隊と名乗ってました」


 竜人に家族を殺されたヤツらか。タカトはそういうヤツらをよく仲間にする。


「よし。わしがいく」


 おそらく補給品を運んできてくれたのだろう。アルズライズとも話したいし、わしがいくとしよう。

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