第933話 *カインゼル* 2

 酒場はすぐに見つかった。


 タカトが言うには物事が動いたときはドミノ倒しの如くやってくると言っていたが、まさに物事が加速度的にやってきているよ。


 この一帯を牛耳る一家が真面目に商売している酒場兼宿屋に嫌がらせしているところに遭遇してしまった。


「まさかおれらが人助けとはな」


「まったくだ」


 裏稼業で生きてきた者には笑うしかないだろう。心からの感謝を受けてしまえばな。


「今日からここはマルゼンガ一家が後ろ盾となる。安心して商売しな」


 ジャンケンで貧民街はカイル・マルゼンガが仕切ることになった。


 マルゼンガは自分で決めたらしい。昔、住んでいた村の名前なんだとさ。


 すぐにここを仕切っていた一家が報復にきたが、丁重にもてなしてお帰りいただいた。町では死体の片付けが大変だからな。今は痛い目に合わすだけで許してやるとしよう。


「王都の連中はケンカの仕方もわからんのか?」


「したことないからわからんのだろう。長いこと仕切っていたみたいだから」


 業を煮やしたのか、とうとう一家総出でやってきた。真っ昼間から。衛兵に賄賂でも渡しているのか?


 この酒場、女神の泉亭は、セフティーブレットの仮拠点としたので、コラウスからきた一家の者がいる。


 武器は異世界の銃器や古代エルフの武器など、ちょっとした兵団でも相手できる戦力を持っている。これで勝てないわけがない。逆に全滅させそうなので、ラットスタットで迎え撃つとする。


「ちゃんと自分の足で帰ってもらうくらいにしておけよ。あとで迷惑料を回収しにいかなくちゃならんからな」


 ほんと、殺さない戦いは面倒なものだ。ゴブリン駆除に早く戻りたいよ。


「弓は反則だぞ」


 屋根で様子を見ていたら向かいの屋根に弓矢を構えたヤツが五人ほどいた。


 サイレンサーつきの416を構え、屋根から落ちないよう肩を狙って引き金を引いていった。


 襲撃から約十五分で終了。何人か殺してしまったか。わしらは殺し合いに慣れすぎだな。


 死体は持って帰らせ、後日、迷惑料をいただきに向かった。


「マガルディア一家に手を出してタダで済むと思ってんのか?」


 一家の主たる男が精一杯の威嚇をしてくるが、もはや哀れでしかない。わしらがこなければ栄華を誇っていたのにな……。


「思ってはいないさ。わしらは王都の裏を支配しにきたんだからな。悪いが、お前たちには退いてもらう。今日中に王都を出ていくのなら見逃してやるぞ。死体の片付けは本当に面倒だからな」


 マガルディア一家は下部組織なので館は小さいが、いつまでも宿暮らしってわけにもいかない。ここを拠点とするか。わしらもまだ少ないからな。


「誰か近所と交渉して人を集めてきてくれ。暮らしやすいよう綺麗にしてもらおう」


「カインゼル様。若いのはどうします?」


 あ、いたな。まだ十代の下っぱが。


「手下にしたいヤツいるか?」


「んじゃ、おれが使いますよ。荷物持ちくらいできるでしょうからね」


 調達屋の異名を持つバルダが手を挙げた。


「ああ、任せる。ちゃんと金は落としてこいよ」


「わかってますって」


 長いものには巻かれろはどこでも同じで、わしらの動きは風のように吹き回り、たくさんの者が協力してくれた。


 協力してくれたなら見返りを与える。別にわしらは忠誠とかは求めてはおらん。必要なときに必要な力を貸してくれたらそれでよし。金が回れば貧民街は普通の町に変わる。

 

 まあ、違うところが貧民街となるだけかもしれんが、それは次の世代の役目。今を生きるわしらはここを支配するだけだ。


「カインゼル様。そろそろ港の様子を見にいかないか?」


「そうだな。カナド、お前が仕切れ」


 ジャンケンに負けたカナドに港のことは任せるとする。まだここも落ち着いてないからな。


「カインゼル様。大元が様子見にきてるようです」


「衛兵の姿は見たか?」


「まったく見てませんね。完全に関わり合いを避けているんだと思いますよ」


 まあ、そうだろうな。ウワサは風のように吹いている。衛兵にだけ吹かないってことはないだろう。吹いたから巻き込まれないよう逃げたのだ。


 法があるようでないのが町だ。そんな町だからこそ衛兵も関わらないようにしている。衛兵もこの町で生きているんだからな。


「衛兵にも金を渡しておくか?」


 いても役に立たない衛兵だが、下手なウワサを上に上げられても困る。今のうちにこちらで囲っておくとするか。


「カイル。そろそろ娼館に手を出すか?」


「そうですね。そろそろ頃合いかと。遊びついでに交渉してきますよ」


 娼館を握っている一家から奪うとする。娼館の稼ぎは一番の稼ぎ頭。資金面を断ってやるとしよう。


「カインゼル様もどうです?」


「わしはもうそっち方面に力は注げんよ」


 まだまだ若いつもりでも精力は衰えている。下手にがんばったら寝台から起き上がれんわ。


「気に入った女がいたら身受けしてきていいぞ。セフティーブレットで面倒見てやるから」


「アハハ。おれらに家庭を持って、ってことですかい? 冗談キツいですよ」


「どうするかはお前たちが決めたらいい。女房に逃げられた男の戯れ言だ」


 悔いはあるが、後悔はない。わしは、仕えるべき男に出会えたんだからな。


「まあ、そんときはよろしくお願いしますよ」


 張り切ってこいとカイルたちを送り出した。

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