第932話 *カインゼル* 1

 王都か。久しぶりだな……。


 もう二十年以上前のことなので記憶は薄いが、馬車から見る城壁はかなり強い記憶として残っていたようだ。


「マルセク。城下町に潜入して手頃な拠点を確保しろ」


 カルバグ一家にいたヤツで、一家に馴染めず一匹狼タイプの男だ。頭の回転も早く腕っぷしもいい。酒が好きでよく飲むが、飲まれることもない。女遊びもそこそこやっているので引っかかることもないだろう。


「少し遊んでも構わないかい?」


「目立つような遊びじゃなければ好きにしろ。ただ、変な病気をもらってくるなよ。回復薬はそんなにないんだからな」


 回復薬小の瓶と回復薬大は三十粒渡されたが、変な病気に使ってはタカトに申し訳が立たない。バカしたら許さんからな。


「わかってるって。美味い酒が飲めなくなったら嫌だからな」


 その辺を理解しているならいいさ。


 マルセクが馬車から飛び降りて城下町に向かっていた。


 わしたちはそのまま進み、コラウスの商人がいる町に向かった。


 王都は広い。何百もの城壁の外に何百もの町が乱立し、城壁内にも十数もの町がある。


 城壁内は二級国民として安全な場所に住めるも税金はそれなりに取られるとか。そんなところでもはみだし者はいるようで、法が届かない場所ができている。


 これはどこの町でも同じことは起きるもので、おおきければ大きいば大きいほど貧民街的も大きく、強いヤツが仕切っているものだ。


「カインゼル様。お久しぶりです」


 王都の店を任されているバルカニア商会の男が迎えてくれた。


「すまないな。迷惑をかける」


「とんでもございません。コラウスの商人は全面的にタカト様の下に入らせていただきます」


 商人が一番タカトを理解しているのだな。


 正直、タカトの商売面の凄さはあまり理解していないんだよな。商人がここまで従順になる意味が、な。


「それはタカトも喜ぶだろう。商人が栄えてこそ国の強さだと言っていたからな」


「本当に理解ある方でなによりです。他領の商会にも声をかけておりますのでなんなりと申してください。協力は惜しみませんので」


 まずは協力的な商人を集めてカンザフル伯爵領のことを伝え、万が一のときはカンザフルに逃げ出すことを厳命した。


 コラウスの人間はすべて逃がすようタカトに言われている。商人さえ生きていればすぐに国は栄える、とかでな。


 まずはコラウスの商人が用意してくれた場所で休ませてもらい、いくつかの集団に分かれて貧民街を探りに出た。


 さすが王都──ということはなく、コラウスとそう変わりはない。汚れた町であり貧しさが蔓延している。


「どこも同じだな」


「同じで助かりやした。やることは変わりませんからな」


「ふふ。そうだな。じゃあ、王都のならず者どもがどんなものか見てやるか」


 おす! と野太い返事が頼もしいものだ。


 わしのチームは三人。二人は若頭まで登り詰めた男で、さらなる高みを求めたいと王都にやってきた。この二人が今のところ代表にと思い、一人はここを。もう一人は港をと考えている。

 

 見知らぬならず者どもに何事かと警戒する者が何人かいたが、そんなものは無視して目についた酒場に入った。


 貧民街としてはあまりよくない酒場であり、安酒場と言った感じだ。


 酒とツマミを頼み、どんなもんかと口にしたら浮浪者時代の思い出が蘇った。


「……不味いな……」


「ああ」


 二人も染々と酒の不味さに嘆いていた。


 すっかり異世界の酒に馴染んでしまったせいで、薄くて雑味のある酒が飲めなくなってしまった。


「豊かになるのも考えものだな」


 これを美味いと感じていた時代に戻りたいとは思わないが、そんな時代のことは忘れてはいけないと切に思うよ。


「カインゼル様。どこか酒場を手に入れましょう。とてもじゃないですが、こんな酒を飲んでたらコラウスに帰りたくなります」


「おれはもう帰りたくなってますぜ」


 わしもゴブリンの報酬が残っていなければ挫けていたかもしれんな。


「そうだな。料理が美味い酒場を見つけるとしよう。必要なら買い取っていいぞ。金はあるからな」


 コラウスの商人から金貨百枚を証文なしで押しつけれた。


 さすがに断ろうとしたが、金貨百枚しか用意できなくて申し訳ないと言われてしまった。それで断ることができなかったよ……。


「タカトの旦那は怖いよな。商人を味方にして金をアホみたいに出させるんだから」


「そうだな。商人の価値どころかマフィアの価値もよく知っている。道を造るだけでコラウスの一家を真っ当な商会にしちまうんだからよ」


「王都の一家を一掃してお前らが一家を築く。タカトには呆れるよ」


 他のヤツが言ったら荒唐無稽な夢物語として鼻で笑っているところだが、タカトが言うと本当にできてしまうと思えるから不思議だよ。


「まったくです」


「ふふ。タカトの旦那は敵にできねーや」


 あれで自分は凡人だと本気で思っているんだから意味わからぬよ。


「よし。いい酒場を探すぞ」


「あるといいですな」


「なければいい場所を見つけたらいいさ」


 不味い酒で乾杯。いい酒場を探しに出た。

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