第931話 *マリル*

 おじちゃんと初めて出会ったときは弱そうだな~って思った。


 村に来る冒険者は皆体格がよくておじちゃんの倍はあり、強い魔物を殺していた。


 案内人として冒険者について行き、その強さを見てたからおじちゃんが強いなんて全然見えなかった。


 でも、おじちゃんは強かった。ゴブリンをバッタバッタと倒すのではなく、的確に、冷静に倒していた。あんな強さもあるんだなと、ちょっと感動したものだ。


 それに、よく来る冒険者みたいに臭くはなく、清潔で礼儀正しく大人だった。


 村のオヤジや粗野な冒険者とはまったく違う。もしかしたら貴族ってあんな感じなのかと思った。


 けど、おじちゃんは貴族より礼儀正しく、立派で優しかった。


 あんな大人がいるなんて夢にも思わなかったよ。


 死んだとうちゃんとは大違い。とうちゃんのことを知らないマルゼにとっては理想的な父親だろうと思う。誰にも懐かなかったのに、おじちゃんには雛のようにくっついていたっけ。


 おじちゃんは優しいだけじゃなく、厳しいときには厳しかった。あたしたちが一人立ち出来るよういろいろ教えてくれた。


 あたしもおじちゃんに心が傾いていた。こんなとうちゃんの下にいたいって感じていた。


 だから一緒に来るかと問われたときは嬉しかった。おじちゃんの娘になりたいと思った。


 カンザフルって伯爵領に移ってからもおじちゃんはいろんなことを教えてくれた。ゴブリンを駆除した報酬でいろんなものが買えるようにしてくれた。


 なにより嬉しかったのは毎日お風呂に入れることだ。


 村じゃ水浴びが精々で、お湯で体を拭くなんて人生で数えるほど。お湯に浸かるなんて夢にも考えなかった。


 あたしも女だ。キレイになることは好きだし、臭いとか嫌だ。だからって匂い袋なんて買う金もなかった。


 せめて人並みに、とか思っていたらおじちゃんは風呂を用意してくれ、貴族も穿けないような下着をつけさせてくれた。汗をかいたならすぐ風呂に入れと勧めてくれたっけ。


「臭くていいのは子供のときだけだ。いい匂いをさせるのが紳士淑女の嗜みだ」


 と断言するくらい。


 もちろん、駆除のときは匂いなんて出していたらゴブリンに気づかれてしまう。香水とかつけられないけど、ゴブリン駆除をしないときは香水をつけても許してくれた。


 まあ、そのせいで貴族の坊っちゃんに気に入られてしまったけど、ちょっと悪くない。だからと言って気を許す気はない。あたしは平民であり、山の女。妾にもなれない身分だ。


 おじちゃんは「いいんじゃないか。貴族になりたいのなら伯爵の養女にしてもらうぞ」とか、世間知らずなあたしでも非常識なことを言ってたけど、請負員として暮らしてみると、貴族の暮らしが魅力的とは思えなくなった。


 だって、おじちゃんの側にいるほうが貴族以上の暮らしを出来るんだからね。わざわざ暮らしを下げたくないよ。


 ただ、ミリエルって女の人を見たとき、あたしらはおじちゃんと家族になれないと察してしまった。


 おじちゃんにとっての家族はミリエルって人たちだけ。あたしらはお世話になっているだけなんだと理解したよ。


「安心しなさい。あなたたちはタカトさんの子よ。そして、セフティーブレットの子でもあるわ。タカトさんの側にいたいのなら力を身につけなさい。娘として育ちなさい。あなたたちが一人立ちするまで、わたしたちがあなたたを守るから」


 あたしの心情を見抜いたように、そんな言葉を口にした。


「さすがにおかあさんと言われたらショックだから、わたしのことはミリエル姉さんと呼びなさい。わたしはタカトさんと別行動が多いけど、姉として相談に乗るから」


「……ね、姉さん……」


「ええ。あなたの姉よ。他にも姉はいるけど、そのうち会えるだろうから姉さんと呼んであげて」


 おじちゃんのように優しく頭を撫でてくれた。


「は、はい。ミリエル姉さん」


 姉さん。村にも年上はいたけど、姉と思える人はいなかった。


 厳しそうなところはあるけど、おじちゃんと同じで生きる強さを教えるための厳しさだ。信じていい人だと思う。


 リフレッシュ休暇が終わり、カンザフルからルースブラックに乗ってコラウスってところにやって来た。


 辺境とは聞いていたけど、セフティーブレットの本拠地はかなり発展しており、たくさんの人、いや、いろんな種族が暮らしていた。


「ね、ねーちゃん」


 人見知りが発動したのか、マルゼがあたしにくっついてきた。


「あなたたちがタカトが連れて来た二人ね。わたしはシエイラ。セフティーブレットの館長よ。まあ、本部を纏める者よ」


 シエイラと名乗った人は、おじちゃんの嫁的な立場らしい。なぜ結婚してないのかは教えてもらえなかった。大人はいろいろあるんだろう。


「部屋に案内するわ」


 館から少し離れた場所に請負員が住む建物があり、長屋と呼ばれているそうだ。


「本当は一人一部屋だけど、あなたたちはまだ同じ部屋で構わないわね」


 わたしは一部屋が欲しいけど、マルゼはまだ子供。一人にはしてられないか。


「まずはここでの暮らしに慣れなさい。なにかあれば大人に言いなさい。わたしからも二人の面倒をお願いしてあるから」


 シエイラさんが館に戻ったら部屋を整える。


 おじちゃんと一緒にいられないけど、新しい生活にわくわくしている。ここでもいい暮らしが出来そうだ。

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