第930話 *ミリエール・ドゥ・モリス*

 久しぶりに見た叔父様はまるで別人のようだった。


「……ミ、ミリーか……?」


 そう呼ばれるなんて何年振りかしら? そう呼ばれていたことも今の今まで忘れていたわ。


「はい。ミリエール・ドゥ・モリスです」


 それがわたしの本当の名。いえ、昔の名前ね。今のわたしはミリエルなんだから、


「……本当に生きていたのだな……」


「叔父様こそ、本当によく生きててくださいました」


 あの状況でよく生きていたものだ。もしかして、わたしがいないから生かされたのかしら?


「マルティア様もご無事のようで……」


 あの頃にはもう結婚していて幼さがあったのに、白髪があちらこちらに見える。それだけで苦労したのがわかるわ。


「ええ。なんとか生き残れたわ」


「確か、アルセダ、だったかしら?」


 産まれたばかりで目も開けられなかったのに、今は……何歳だったかしら?  栄養が足りてないから六、七歳くらいに見えるわ。


「は、はい。アルセダです」


 本当なら教育を得て、綺麗な服を着られていたでしょうに。今は貧民街の子供より粗末なものを着ているわ。


「まずは服を用意しますね」


 これでは公爵と思われないでしょうからね。タブレットでそれらしい服を買うとしましょうか。


「髪も整えないとダメね」


 タカトさんの髪はわたしが切っているので、そこそこ自信はある。ちなみにラダリオンとライガはミサロが切っているわ。わたしだと長いから嫌なんだとか。ミサロは自分で切っているみたいよ。


 タカトさんはわたしに任せてくれ、わたしの好みに切らせてくれるわ。


 タブレットで服を買ったら三人に着てもらい、合わせはロンレアの側仕えに任せた。十年近く閉じ籠っていたことでなんでもできるようになったみたいよ。


「髪を切りますね」


 まずはマルティア様から始め、アルセダ、叔父様と髪を切って整えた。


「お前にこんな才能があったとはな」


「そうですね。わたしも城から逃げ出してたくさん辛酸を舐めましたから。タカトさんと出会わなければどことも知らぬ場所で死んでいたことでしょう」


 脚をなくしたことは話さないでおく。衝撃なことだからね。


「……お前も苦労したのだな……」


「そのお陰でタカトさんと出会え、こうして王族より豊かな暮らしをさせてもらっています」


 今は休日なのでワンピース姿だけど、髪や肌を見たらわかるはず。こんな姿になれる者はこの世界に数人といないでしょうよ。


「マルティア様。誰か側仕えを雇ってください。叔父様も配下を集めてください。衣服、装備、道具は一式はセフティーブレットが用意しますので。モリスの民にも準備金を渡します」


「そんなに金があるのか?」


「タカトさんは、コラウスの商人を支配していると言っても過言ではありません。協力金としてセフティーブレットに出してくれています。まあ、そうたくさん出せませんが、当分暮らせるお金は用意できます」


 商人たちは本当に聡いと思う。タカトさんについていけば儲けるとわかっているから資金はとんでもない金額が館に集まっている。もう集まりすぎてシエイラが困っていたっけ。


 お金の管理はシエイラがしているけど、主な使い道はわたしに任されている。叔父様が活動しやすい金額を渡すとしましょう。


「アルズライズからもあの男のことは聞いたが、それほどの男なのか?」


「謙虚に言っても凄い人ですよ。わたしの素性を知ったときから動き出し、どう転がってもよいように選択肢を用意する。その一つが叔父様です。親族が生きていた場合、モリスの民を纏める者として、万が一の場合は王として、きっとその先も考えているでしょうね」


 それでいてタカトさんは自分を凡人と思っているから不思議なものだわ。他にも先読みして動いているっていうのにね。


「わたしはもうセフティーブレットの副ギルドマスターです。モリス家として立つことはできませんが、陰から協力させていただきます」


 ミリエール・ドゥ・モリスはもういない。わたしはセフティーブレットの副ギルドマスター。タカトさんを支える杖だ。表舞台に立つことはないわ。


「マルス様、ミリシア様、タカトさんからもお願いされると思いますが、叔父たちをよろしくお願いします」


 ロンレアには長いこといて、現伯爵様と仲良くしていただいた。叔父様を預かってくださるでしょう。


「ああ。アーベイグ様のことはロンレアに任せてくれ」


「ありがとうございます。そのうちまたロンレアに向かいますので、必要なものがあったら紙に書いておいてください。すぐに用意しますので」


 ミヤマランから商人がきているからお城の物は増えたけど、まだまだ足りない。ルースホワイトで運ぶとしましょう。


「メー。悪いけど、マルティア様についていて」


「畏まりました」


 わたしの配下として城で顔を覚えられている。側仕えが育つまでメーについていてもらいましょう。


「では、話し合いの席をすぐに用意しますね」


 大体のもの出しているけど、収容所生活が長かったから濃い味にはなれてないはず。薄味の料理を持ってくるとしましょう。ミサロなら作っているはずだからね。


 ホームに入り、台所を探した。

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