第921話 カンザフル島(仮)

 ルズを迎いにいったらもう準備万端だった。


「随分と張り切っていますね?」 


「恥ずかしながら海が楽しみすぎて気分が高揚しているよ」


 案外、少年心を秘めた男のようだ。


「そっちの方は?」


 マルダクとラグラスの後ろに三十半ばくらいの女性と十三、四くらいの少女がいた。


「わたしの姉のラミカと娘のエレルだ。王都に住んでいるが、わたしの妻が城を空けると聞いて帰ってきたのだ。すまないが、エレルも連れてってよいだろうか?」


「オレは構いませんが、年頃の子を連れてっていいんですか?」


 貴族の女の子って箱入りじゃないの? 従兄弟たちが一緒だからって男に混ざったりしていいのか? 変なウワサが立ったら困るんじゃないか?


「構わない。学ばせてやってくれ。これからはタカトの常識が強くなるはずだ。わたしではもう馴染むのは難しいが、若い者なら馴染むはずだ」


 まあ、確かにマルダクとラグラスはオレの考えに同調し始めている。それは柔軟な思考ができるからだろうよ。


「オレの常識に合わせたら貴族として生きていくのは大変になりますよ」


「それなら新しい貴族として生きさせるさ。タカトが生きている限り、主要な者たちお前についていくはずだからな」


 充分、馴染んでいるじゃん。領主代理に負けてないよ。


「どう馴染むかは若い子たちに任せますよ。オレは指導者ってタイプじゃないんのでね」


「ふふ。タカトは背後で人を操るタイプだ。黒幕がよく似合うかもな」


 まったくそのとおりで反論ができない。目指しているところはそれなんだからな……。


「では、出発しますか」


 荷物は兵士たちが運んでくれ、ルースブラックに積み込んだら出発する。


 格納デッキは外が見えないので、交代で操縦室にきてはワーキャー騒いでいる。気が散るから落ち着きなさいよ。


 海が見えたらさらに騒ぎ出したので、旋回して海や島を見せてやった。


 少し遅れたものの、なにか予定があるわけでもなし。十五時くらいに島に到着した。


「ミリエルたちはまだか」


 ロンレア回りなら明日になるかな?


「おじちゃん!」


「ご苦労さん。なにか問題はあったか?」


「なにもなかったよ。特異種のメスもあの山に逃げて大人しくしてるかな」


 山のほうに意識を向けると、ゴブリンどもが固まっていた。そういや、女王がいた洞窟は潰しちゃったんだけな。


「タカト。この島に名前はあるのか?」


 名前? そういや、名前つけてなかったっけ。


「ないのでルズがつけていいですよ。なんならカンザフル領にしても構いません。石碑でも作っておけば将来カンザフルの領地だと主張できますよ」


 今はいいが、大航海時代になれば土地の奪い合いや所有権問題が出てくるだろう。その前に宣言して証拠を残しておいたほうがいい。それまでカンザフル家が残っていなくてもこの国のものだとは主張できるだろうよ。


「なら、カンザフル島にしておくか。上手い名前が出てこなかったしな」


「じゃあ、それで」


「あっさりだな」


「オレには帰れる家がありますからね。土地を欲しいとは思わないんですよ」


 ホームの名のとおり、あそこがオレの家。家族が集まれる場所さえあるば他に家など必要ない。まあ、別荘なら構わないかな?


「その空堀からそっちゴブリンの世界。無闇に出ないようにしてください」


 ゴブリンがやってくることはないだろうが、万が一やってきたときの防壁代わりだ。


「陽射しが強いので、女性陣は日傘の下にいるといい。日焼け止めも塗っておけよ。マリル、教えてやってくれ」


 マリルにも日焼け止めは塗らせている。将来、染みが出たら困るからな。あと、エレルのお付きが二人いる。どちらも十代っぽいし、日焼け止めは塗らしておこう。帰ったら日焼けしてては申し訳ないからな。あ、回復薬って日焼けにも効果があるんだろうか?


「ここは比較的安全だが、自然の中ということを忘れないように。陽射しもあるし、水分は小まめに摂ること。気分が悪くなったらすぐにオレに言うんだからな」


 回復薬を飲ませてやることしかできんけどよ。


「あ、まだ海には入るなよ。マルゼ、なんか海から上がってきたか?」


「ううん。なにも上がってこなかったよ。ただ、なんか鳴いてた。ぶぅおぉぉって」


 クジラか? 未知の魔物か? なんだ?


「そっか。まずはオレが海の様子を見てくるよ」


 ホームに入り、ウェットスーツに着替え、ウルトラマリンに跨がって外に出た。


「まさか海でジェットスキーを乗るとはな」


 元の世界じゃセレブすぎて乗る機会もなかった。


「この世界では仕事道具ってのが悲しいよ」


 しかも異世界の海で乗るには命懸けときている。違うドキドキ感で胸が高まっているよ。


 ベルトに差したラットスタットを抜いてスイッチを入れてみる。


 ガーゲーでリミッターを外してもらったもので、一回こっきりの使用だが、ロースランくらいなら感電死にできるくらいになっている。よほどの生き物でもない限り効果はあるはずだ。


 ちなみにオレは水を操って感電を防ぎます。


 水の魔石も持ったし、戦闘強化服のメルメットを被った。


 ヘルメットを起動させ、魔力反応を確認。連れてきた以外、魔力反応はなし。生体反応に切り替えたら小さな反応がたくさん。これは魚か。


「今のところ問題なし、だな」


 ウルトラマリンのエンジンをかけ、五分くらいアイドリングしたらアクセルレバーを軽く握って発進させた。

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