第912話 交渉部部長

「じゃあ、いってくる」


 二日酔いが消えたカインゼルさんがルースブラックに乗り込んでコラウスに向けて出発した。


「ルジューヌさんはよかったんですか?」


 せっかくなら領主代理とも挨拶しておいたほうがよかったんじゃないか? ミヤマランとしてはこれから協力していかなくちゃならんのだから。


「いえ、タカトの力とならせてください」


 大変だな~。貴族というのは。


「そちらの事情もあるでしょうが、こちらはこちらの都合で動いてます。もし、公爵様に言いたいことがあるなら協力しますよ。オレなら公爵という立場に配慮することなく言えますからね」


 ミヤマランの協力は必要だ。だが、ルジューヌさんを犠牲にしてまで進めようとは思わない。オレは無理強いは趣味じゃないんでな。


「父には感謝していますよ。これまでミヤマランのために生きることが自分の使命だと思っていました。ですが、やはり心の中で疑問はありました。自分はこのままでいいのだろうかと?」


 男ならよかっただろうが、この時代の女性、特に貴族では自分の道を自分で選ぶことはできないだろうからな。


 選んだとしても実力がないと生きていくなんて無理だ。シエイラの昔話を聞いているとつくづくそう思うよ。女性の駆除員、五年もよく生きたものだわ。


「父からはタカトの助けとなるなら自由に生きていいと言われています。ですが、わたしにはまだ自由に生きる力はありません。なので、今はタカトさんたちから学んでいるところです」


 それが難しいんだよな~。公爵の娘さんをどこまで引き込んでいいのかをな。


「ルジューヌさんは、王都に知り合いとかいます? 男爵の娘さんとか?」


「若い頃に住んではいましたので多少なりとも付き合いはあります。ただ、もう結婚していると思いますよ」


「ロンレアに出稼ぎにいかないかと誘えないものですかね? なんなら男爵家ごとロンレアに移住しないか、と。その費用はセフティーブレットで出します」


「ロンレアに、ですか?」


「ええ。この国の男爵はあまりいい暮らしをしている者は少ないので、なんならロンレアで再起を図ってはどうかなと思いましてね。その交渉をルジューヌさんにお願いしたいんですよ。オレでは貴族に伝手もなければ交渉術もありませんからね」


 ロンレアを再興するには手足となって動く者も必要だが、それを指揮する者も必要だ。男爵ならちょうどいい身分だろう。


「セフティーブレットには貴族を相手にする部門がありません。もしよろしければルジューヌさんがやってみませんか? 肩書きとしては交渉部部長、ですかね?」


 ごめん。いい名称が出てきませんでした。


「……わたしが、ですか……?」


「なにかを成し遂げたいのならなんでもいいから成果を出すことです。その成果を積み重ね、実績とすればなにが欲しかったか見えてくるでしょうよ」


 ルジューヌさんがなにを欲しているかはわからない。なら、欲しいものがわかったとき、積み重ねた実績は武器となるだろう。なにも持ってないではタダの我が儘でしかないからな。


「この世界ではルジューヌさんは若くないと見られるでしょうが、オレから見たらなにも知らない小娘にしか見えません。もうちょっと修行をしないといい女はなれませんよ」


 平均寿命が五十くらいだから二十歳以上はおばさんになるだろうが、オレから見たら若いな~ってしか思えない。あと五年は社会に揉まれろと思うよ。


「……わたしはいい女になれますか……?」


「それはルジューヌさん次第ですよ。誰かになれると言われてなるのでは他人に人生を決められたのと同じこと。やるなら自分の意志でやるべきですよ」


 誰かに言って欲しいだろうが、本当に欲しいものがあるなら自分で決めるべきだとオレは思う。じゃないと逃げる口実になるからな。


「……そう、ですね。確かにそのとおりです……」


「いい笑顔です」


 吹っ切れたような笑顔。ルジューヌさんはきっといい女になるだろうよ。


「まずは、自分の部下か同志を探すことです。一人でできることは限られてきますからね」


「ええ。それは重々承知しています。まずは王都の館に向かい、父の威光を借りるとします」


「立っているなら親でも使え。その強かさもいい女の条件だと思いますよ」


 いい女論をオレが語るなど片腹痛いが、いい女を知っているだけに語りたくなるんだよ。


「王都にはカインゼルさんと向かうといいでしょう。あと、伯爵夫人にもご協力を願ってはどうです? カンザフル伯爵もかなり力のもった伯爵なんですよね?」


 王都を囲むように二十四の伯爵がいるそうで、カンザフル伯爵は上位にいるそうだ。


「そうですね。お願いしてみます。ラミザ様にも声をかけてみます」


 ラミザとはルズの嫁さんだ。


「必要なものがあったら言ってください。可能な限り用意しますんで」


 とりあえず回復薬や金を用意しておくか。あとは、話を聞いてからでいいだろう。


「はい。わかりました」


 駆けていくルジューヌさんを見送り、マリルとマルゼを捜しに向かった。どこだーい?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る