第908話 祭り
元の世界の派手な祭りを知っているからから、なんとも地味な祭りだが、この時代の人らにら笑顔にさせるくらいのものらしい。
集まった人らは数百人。仕事を依頼した農民の家族まで数に入れてなかったよ。
「酒を追加しますか」
領都の商会から買ったワインで、味見したら「う~ん」って感じのワインだが、農民たちには大盛況。味覚というのは恐ろしいものだ。
「甘やかしすぎじゃないか?」
「オレにはこの時代の感覚はないんでなんとも言えませんが、人を纏めるには飴と鞭が必要なんだと思います」
「飴と鞭?」
「オレがいた世界での人民懐柔策ですよ。と言っても政治に無関心だったので、正しい説明はできませんが、集団を纏めるようになって飴と鞭の意味がわかりました」
いや、知っていたからオレは出世なんてしたくなかったのだ。責任ばかり増えて給料は増えない。そんな地獄、自ら望むヤツの考えがわからなかったよ。
「虚栄心があれば上に立つ原動力にもなったのでしょうが、オレは別にバカにされても無能と決めつけられても構いません。オレはオレだと思ってましたからね。でも、上に立つとそんなこと言ってられない。下を纏めなくてはならない。集団として強くあるために、集団を纏めるために。それにはまず集団の方向性を持たせなくちゃならい。オレの下にいたら明るい未来がやってくると信じ込ませる必要があるんです」
本当に上に立つとは面倒で、頭を悩まされるものだぜ。
「人はどこまでも私利私欲に走ることができ、下の者だと道具か使い捨てなど考えられてしまう生き物です。けど、そうなった者の未来は大抵自滅です。少しの失敗で蹴落とされるものです」
上司に恵まれた社会人生活だったが、それでもクソのような上司はいたものだ。派閥争いがある会社だったからすぐに排除されたけど。
「今の時代なら民に食わせることがいい領主ってことであり、正義だと思います」
これが人が増えて豊かになるとまた違った正義が出てくるから厄介なんだよな。
「伯爵の下でなら食うことができる。豊かになれると信じ込ませる。人は希望があるならがんばれるものです。手段として祭りはいい手段だと思いますよ」
会社で行われた行事は面倒だな~とか思ってごめんなさい。上に立つと、ああいった行事が必要なんだとわかりました。
「明日をもっとよくするために今日は飲め! 食え! 明日からがんばるために! とか民衆の前で平気で言えるのも大切です。上が希望を見てないと下はついてきませんからね」
上ばかり幸せになっても不和の種となるからそこんところのバランス調整は必要だがな。
「ルズがどんな領主を目指すか、子供たちにどうなった領地を残すか、それは考えていたほうがいいですよ。まず独裁にならないよう注意することです。先は滅びしかないですからね」
独裁が悪いとは言わない。時として必要なことがある。ってのが厄介なんだよな。セフティーブレットだって一種独裁だ。女神の使徒という誰も超えられないステータスを持っている。オレの言葉は女神の言葉だと思っているヤツもいるくらいだからな。
「人は欲に溺れる。追い込まれたら目の前のことしか見えなくなってくる。それを回避するにはよき友を持つことです。あとは、よき妻を持ち、よき子供を育てられたら最高ですね。そうできたら人生はきっと豊かなものになるでしょうね」
最大級の最悪を経験したが、オレはかけがえのない人たちを得ることができた。
寿命で死ぬのはもちろんだが、かけがえのない人たちを幸せにすることもオレの望みだ。一人だけ生き残っても意味がないからな。
「……難しいのだな……」
「ああして民が笑っていられるのなら間違ってはいないと思いますよ」
楽しいと笑っていられ、こちらも心が安らかになるのならやっていることに間違いはないはずだ。
……常に問う姿勢が大切だってのもわかるよ。信じ切ったら信じ切ったでまた周りが見えなくなるものだからな……。
「そう、だな。民を笑わせられる領主となるよう心がけよう」
「そうしてください」
もしものとき、仲間はたくさんいたほうがいいからな。
酒を追加し、祭りも高まってきたので音楽隊にノリのいい曲をお願いし、カップルがいたら花の冠(一個八百円)を買ってきて男に被せるように言った。
陽気な音楽に合わせて踊ってもらう。これで祭りが盛り上がってくれるなら来年も続けて欲しいって声は上がるだろうよ。
ん? ルズの子がマリルを踊りに誘ってんじゃん。まだ十二歳なのにませてんな。
まあ、そんな甘酢っぱい思い出があってもいいもんだろう。オレも初恋のことは覚えているしな。
恋を邪魔するのは野暮と、オレは男たちに酒を注いで回り、それとなくカンザフルが恵まれていることを伝え、伯爵やルズが民のためにがんばっていることを教えていった。
万が一、王国が敵となった場合、カンザフルは重要な地となる。王国の抑えとなってくれたらオレたちは有利に動ける。ここは絶対、味方にしておくべきなのだ。
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