第907話 名を捨てて実を取る
カンザフル伯爵から休耕地をいただいた。
麦畑の真ん中だが、野球場くらいの広さはある。道もそれなりに幅があるので城まで運ぶのも楽だろう。
「人って雇えますかね? 報酬は出しますんで」
巨人になって均すのもいいが、せっかくだから人を雇い、カロリーバーを広めておくとしよう。
「声をかけてみよう」
配下の者に伝え、次の日に四十人くらい集まった。
「結構集まりましたね」
いいとこ二十人かなと思ってたのに。
「ミジャーに麦を食われましたからね。稼いでおきたいのでしょう」
農民は伯爵から畑を借りて八割もっていかれるんだとか。社畜とかブラック企業とか笑わせてくれる時代だぜ……。
「集まってくれたことに感謝する。この休耕地の草を刈り、土を固めて均して欲しい。報酬は金か魔法で長期保存した食糧のどちらかを選んでくれて構わない。まずはどんな味か食ってみるといい」
カロリーバーを一つ渡して食わせてみた。
質素な食生活を送っているのだろう。オレには味が薄く感じるものが表情を変えるくらい美味いみたいだ。
「朝から夕方まで働いてくれたらそれを三十個渡す。金なら一人銅貨十枚だ」
オレとしてはもっと出す気でいたんだが、あまり出しすぎると他の仕事の報酬とのバランスが取れなくなるそうだ。暗黒期かよ。
カロリーバーならそれぞれの家で保管できるから三十個くらいが妥当だろうとのことだった。
「これをください!」
「おれも!」
金はあれば助かるが、これからを考えたら保存食のほうがいいらしい。農民たちも今年の冬はヤバいってわかってんだろうか?
全員がカロリーバーを望んだので報酬はカロリーバー三十個。昼はこちらが出すことにした。
そう完璧なものを求めてないので草を刈り、均すのは一日もかからなかったが、地面に杭を打ち、小石を敷いて地面を固くするには五日くらいかかってしまった。
「てか、百人も集まるとか農作業はいいんですか?」
人が集まりすぎたから地面を固めることにしたのだが、農作業しなくていいんか?
「今年は畑を諦めて刈り取りを始めた。そのせいで人が余ったようだ」
刈り取りした藁はオレが買い取り、コラウスに運んでライダンドに売ることに。ライダンドから逃した家畜を戻しているのでエサが不足しているからな。
十日でカンザフル飛行場が完成。せっかくなので仕事に関わってくれた人を集めて完成披露会をすることにした。もちろん、カンザフル伯爵の名前で、な。
そこで出す料理もカンザフル伯爵が出したことにする。農民から慕われてくれたほうがオレもカンザフルで動きやすくなるからな。名を捨てて実を取るだ。
「祭りか。もう何年も見てないな」
「収穫祭みたいなことしないんですか?」
「カンザフルではやらないな。ここはよくも悪くも恵まれた地だ。豊作を願うことも祝うこともしない。騒ぐとすれば結婚式くらいだ」
結婚式とかするんだ。教会でやるのかな?
「じゃあ、これから復活祭を開いたらどうです? ミジャーによってここまで打撃を受けたんです。それを利用して復活を願ったお祭りをすればいいと思いますよ。カンザフル家の名で行って根付けば数百年先までカンザフルの名が残りますよ」
貴族は名を大事にする。家の名前が冠されたものが残ることを求める傾向があると学んだ。カンザフルはどうだ?
「……カンザフル家の名が数百年も残るか……」
若いルズでもそな誘惑には勝てないんだ。名を残さなきゃならない貴族は大変だ。
オレは別に一ノ瀬って名を残さなくてもいいかな? 生まれてくる子にはこちらの名前をつけて、オレが異世界人とは伝えないで育てたい。
うん、まあ、無理か。オレが望んでも周りが放っておかないだろう。女神の使徒ってのはオレが思うより重要視している者が多いからな……。
「やるなら子供にも参加させて思い出深いものにするといいです。楽しいものと刻まれたらやるなと言っても受け継いでくれるでしょうからね」
子供の頃のお祭りは今になっても消えないものだ。きっと、伝統ってそうやって受け継がれていくものなんだろうな~。
「とりあえず、仕事をしてくれた者たちでやってみましょうか。奥様や子供たちも呼んで美味しいものを食べる。音楽に合わせて踊る。そんなものでいいでしょう」
この時代にもギターみたいな弦楽器や笛がある。カンザフルの領都は二千人くらいの町だ。楽器を奏でられるヤツくらいいるだろう。
「わかった。馴染みにしている商人に声をかけてみよう」
「屋台をやりたい者がいたら声をかけてください。資金はカンザフルの名で出すように言うのを忘れないでください」
「金がかかりそうだな」
「カンザフルの領民を纏めるための金だと思えば安いものですよ。領主の実力は領民からの慕われ方でわかるもの。悪政を強いた領主が栄えた話はありません」
自ら動く民がいてこそ栄える。奴隷の国は衰退するだけだ。
「タカトの言葉は耳が痛いな」
「痛いと感じられるならルズはまっとうな人間ということ。誇っていいことです」
そんな人間が領主になってくれたらカンザフルは発展する。オレがさせてやる。
「ふふ。そうだな。タカトに恥じぬ人間となろう」
少し照れたようなルズの胸を拳で叩いてやった。ほんと、いいヤツと知り合えてオレはラッキーだよ。
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