第902話 誰かの利益は誰かの損失
山を下りて麓の広場までやってきた。
「渋滞してます?」
広場には三十台以上の馬車が停っており、馬は外されていた。
「そのようだな。このような状況初めてだ」
「麦がなくなる前に各地から集めようって魂胆ですかね?」
「だろうな。商人は聡いから。今のうちにと動いたのだろう。だが、それほど蓄えがあるわけではない。もしかすると勅令が出るやもしれんな」
勅令か。
聞いたことはあるが、実感はまるでない。そんなものがない時代を生きていたからな。オレは平成生まれなんだよ。
「地方は従いますかね?」
「コラウスは拒否するのだろう?」
「それだけの戦力は揃えてあります。いざとなればオレも出ます」
戦争などゴメンだが、この先五十年を考えたら王国の勅令に従ってやるつもりはない。奪おうとするなら全力で拒否してやるまでだ。
……オレはもう人を殺しているんだ。それが百人になろうと千人になろうと人殺しは人殺しだ。罪は消えたりしないさ……。
「王国と戦うとかバカげていると思うが、お前が言うと負ける気がせんな」
「負けませんよ。そのために海を求めてロンレアを傘下に収めたんですからね。王都への道を閉ざされようと問題ありません。傘下の領地を飢えさせたりはしませんよ」
都市国家や海の向こうにいける船がある。ガーケーの港に沈んでいた船も引き揚げて修復されているだろう。二隻もあれば他から運んでこれる。逆に封鎖してやれるさ。
「ライダンドはコラウスにつく。これは息子も承知している。周辺領にも声をかけている。すべてが、とはさすがに無理だろうが、味方となったら食糧を分けてくれ」
「わかりました。オレが用意すると約束します」
今年さえ乗り切れれば来年は通常より収穫は多くなるだろう。ミサロ隊(別名トラクター部隊)が畑拡大中だからな。
「お前が言うと本当にしてしまうから怖いよ。駆除員でなければ英雄王になっているところだ」
「オレは自ら立つことはしませんよ。その役目は領主代理にお任せです」
王になったところでゴブリン駆除を引退できるわけではない。さらに忙しくなる未来しか見えねーよ。
「しかし、地方からなにもかも奪うかのようですね」
「間違ってはいない。戦争のときも地方のことなど考えもしなかったからな。勝ったから飢えなかったものの、負けていれば滅んでいたのはこちらだろうよ」
「誰かの利益は誰かの損失、か」
ネットでそんなことを聞いたことあるよ。
「上手いことを言うな」
「聞きかじりですよ」
オレもやっていることはそれだ。利益を生むために誰かを損失に追い込んでいる。お互い一緒に儲けましょうは、オレに味方した者に対してだ。
「人類すべてを幸せに、なんてことは無理です。女神すらできないことを人がやれるわけがない。オレは手の届く範囲でしか幸せにしてやれません」
絶対に優先するべき人は五人。余裕があるならセフティーブレットの者たち。さらに余裕があるなら周辺の人々。他はオレたちが生きるために利用する者って順だ。無理なら端から切っていく。それだけだ。
「そう思っていてもできる者は少ないものだ。やはり女神に選ばれる者は違うな」
「よしてください。オレは凡庸な男ですよ」
レバーをドライブに入れて発車させた。
凡庸には凡庸なりの戦い方がある。大切なのは英雄にならないこと。三歩も四歩も後方にいること。理想はナンバー6くらい。利用されるくらいがちょうどいい位置なのさ。
森の中をしばし走ると、なんか木が並んでいた。
「なんの木です?」
「プラハと呼ばれる木だ。実から油が取れる」
オリーブ的なものか? ミジャーの被害はないからこれは収穫できるだろうよ。
「食べられないんですか?」
「絞りカスは家畜のエサになる。あれだ」
ご隠居様が指差す方向に……羊? ラマ? なんだ? どんな利用価値がある動物なんだ?
「ルガルクと呼ばれる家畜だ。毛が取れて乳が飲めて肉にもできると、万能家畜と呼ばれている。ただ、それだけ狙われやすい家畜でもある。ゴブリンは寄ってこないが、狼が寄ってくる。被害は結構出ているそうだ」
「ライダンドはどうだったんです?」
「ウスラグ山を越えると魔物の質が変わる。狼も補食対象となるからこちら側に逃げてくると聞いたことがある」
あの山が境界線となるんだ。
「まあ、確かに魔物が少ないところに町を造るほうが繁栄しやすいですしね」
だからコラウスは辺境であり、魔物がいないから王都になったってことか。
しばらく牧草地を見ながら走ると、城壁が見えてきた。
ハグライズ伯爵の領都であり、村の連中が目指す町だ。
歩くとなるとなかなかの距離だ。安く買えるとは言え、苦労に見合う安さなのか? オレなら高くても楽なほうを選ぶぞ。
城壁に続く道と領都を迂回する道の十字路で村の連中を降ろした。
「ありがとうございました」
「どう致しまして。気をつけてな」
村の連中に礼を言われ、村で作ってきただろう山芋を蒸かしたものをいただいた。
「この山芋、よく見るよな」
長芋ではなく里芋っぽいもので、よく食卓に上がっているのを見たな。食ったことはないけど。
「山のどこにでも生ってますから。わたしたちもこれで命を繋いでました。魔物も食べるので見つけやすいんです」
「あ! ゴブリンが穴を掘って食っていたのこれか!」
よく穴を掘っていたのはこれを食うためだったんだ。明かされる真実。だからどうしたって話だけど……。
「これ、畑に植えたら生るのか?」
「生ると思いますけど、山に入れば勝手に生っているので、わざわざ畑に植える人はいません」
なるほど。そりゃそうだ。
もらったものを口に入れ、パイオニア五号を発車させた。
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