第897話 稼がしてやる

 この姉弟は戦力になると踏んで装備を与えることにした。


 弟のほう──マルゼはまだ八歳だが、マルグと同じくらいでありながら過酷な山で育っただけに意識が違う。これならゴブリンなら余裕で狩れるはずだ。


 今はご隠居様と合流しなくちゃならないので、マリルにはマチェットとハイドレーションバックパックを。マルゼにはオレが使っていたスリングショットと玉を入れておくベルトとポーチを渡した。


「……い、いいの? 高価そうだけど……」


 遠慮がちに言うマリル。


「二人にはたくさんゴブリンを駆除して欲しいからな。前払いだ」


「あ、ありがとう」


 嬉しそうな顔をする。そういうところは年相応の笑顔をするんだな。


「これ、なんなの?」


 スリングショットがなんなのかわからずマルゼが訊いてきた。


 これはなと、スリングショットの使い方を教えると、その威力に目を大きくして破顔した。まさに男の子って感じだな。


「極めるとゴブリンくらい簡単に殺せる」


 そう言って十メートルくらいところにある枝を撃ち折ってやった。うん。オレの腕、衰え知れず。


「玉がなくなればそこら辺に落ちている石でも代用できる。小さいからってゴブリンにナメられることもない。それか、わざとナメさせて狙い易い場所に誘導してやれ。人間様のほうが知恵があることを教えてやるんだ」


 やってみろと言うと、喜んでやってみるが、そう当たるわけもなし。マルグは特別だったんだなとわかるよ。


「……当たらない……」


「最初はそんなものだ。だから練習する。何十回何百回とな。そして、一人前の狩人となる。その練習は必ずマルゼの力と自信となる。挫けず続けろ」


 マルゼの頭をわしわしとしてやった。うん。このくらいの背丈が一番励ましやすいな。


「うん! がんばる!」


「それでこそ男だ」


 なんだか息子ってのもいいものだな。シエイラが産んだ子が男なら一緒に狩りにいくのも楽しいかもしれんな。


 疲れも癒えたのでご隠居様のところに案内してもらった。


 さすが領主だった人。村の連中も高貴な人だとわかったのだろう。素直にご隠居様の指揮の下、ゴブリンを片付けていた。


「遅れてすみませんでした」


「構わんさ。わしもまだまだだとわかったからな」


 回復薬大を飲んだことで悪いものがすべて消え去り、鍛えた体が万全となったのだろう。そこに遣り甲斐が加わったことでパワフルになったようだ。


 ……この人なら百歳まで生きそうだ……。


「片付けはどんな感じです?」


「村の連中がよく働いてくれているから進みも早いよ。バデット化のことも知っているようで、解体してから穴に埋めている」


「首長の魔石は協力してくれ村に渡すことを伝えてもらえますか? あれだけ育っていればかなりの大きさになっているでしょうからね」


「いいのか? 売れば相当なものだぞ」


「これからもセフティーブレットにご協力を得たいですからね。村にも利益を渡しておかないと」


 請負員となった姉弟のこともある。悪い印象は与えたくない。魔石一つで歓迎されるのなら安いものだ。


「そういうところは本当に上手い男だ」


「人は利益を与えてくれる者に味方しますからね」


「フフ。それは至言だな」


「逃したゴブリンがまだ二百匹はいそうなのでもう二日三日滞在しますね」


「二百なら放置しても構わんのでは?」


「恐らく、逃げたのはメスでしょう。動かないのが結構いますから。もしかしたら出産かもしれませんね」


 腹の中にいても一匹計算。やるなら今でしょう。あの姉弟にも稼がせてやりたいしな。


「そうか。わしは、片付けに励んでおるよ。充分稼がしてもらったからな」


 元気とは言え、山を歩き回るほど体力はないか。標高も千メートルはあるしな。


「よろしくお願いします」


 さすがに八百匹を片付けるのは手間だろう。ゆっくりやってもらうとしよう。


「二人とも。オレは残当狩りにいくが、ついてくるか? 稼げるぞ」


「いく!」


「いきたい!」


「よし。まずはあっちにゴブリンがいるから……谷を上がらないとダメか」


 あれ? オレがお荷物になるんじゃね?


 下るだけであれだけへばったのに、上がるだけでオレの心臓、止まるんじゃね? 


 これはイカン。作戦を変えなければ大人としての威厳が保てなくなるぞ。


「──マスター。マナックがまもなくなくなります」


 あ、そうだ。イチゴ、出しっぱなしだったわ。


「わかった。降りてきてくれ」


「ラー」


 と、すぐに降りてきた。


「イチゴ。ゴブリンの反応は捉えたか?」


「ラー。索敵範囲に二百六十七匹います」


 結構な数がいるんだな。イチゴだと妊娠しているのも捉えられるんだろうか?


「二人とも。少し待っててくれ」


 イチゴを連れてホームに入り、マナックを補給。ブラックリンに跨がって外に出た。


「マリルはそちらに乗れ。マルゼはオレの後ろだ」


 チャンス。ブラックリンで上がると致しましょう。


「マルゼ。しっかりこのバーを握っていろよ。これから空を飛ぶから」


「わ、わかった」


「うん。いい子だ。まだ見たことのない世界を見せてやるからな」


 山の上に住んでいるなら見たことのない世界を知っているかもしれないが、空を飛ぶのは一味違う。その一味を感じさせてやるとしよう。


「よし! イチゴ、ついてこい!」


 そう叫んでブラックリンを離陸させた。

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