第894話 谷

 陽が傾く頃、ゴズさんを後ろに乗せて空に飛び立った。


「しっかりバーを握っててくださいね!」


 本来、ブラックリン(マンダリン)は一人乗りだが、ブラックリン(戦闘型)だけは二人乗りできるような造りになっている。


 後部座席には握れるバーがあり、抱きつかなくてもいいようになっているのでしっかり握っててください。


「お、落とさないでくれよ!」


「握っていれば大丈夫ですよ」


 空中戦をするわけではないので無茶な飛行はしない。ただ、百キロ近い速度で飛ぶだけだ。


 ブラックリン(マンダリン)は浮くのにも魔力を使うので、まっすぐ飛ぶのが一番魔力を使わない。


 円を描くようにプリシグラ村周辺を見て回り、ゴブリンの気配をじっくり確認する。障害物がないほうがよく把握できるんでな。


 地上で感じたとおりの気配が三ヶ所にわかれており、残りは村を囲むように散らばっている。


 これだけ集まっているとエサの確保はできず、大体が腹を空かしている。ほんと、ゴブリンって背水の陣(?)が好きだよな。こちらとしては助かるけど。


「谷に向かいます!」


 上空にきたらアポートウォッチで処理肉を取り寄せて落としていった。


 五十キロの処理肉が地面に落ちて弾けて臭いが立ったのか、近くの集団が動き出した。


 さらに五十キロを投下して別の集団も呼び寄せた。


 四百匹も集まれば狂乱化は防げない。叫び声が狂気じみてきたが、首長が率いる集団はまったく動こうとしなかった。


「統率力を持った首長のようだ」


 ゴブリンの統率力は暴力だ。ってことはそれだけ強いということだろう。イチゴを連れてきてよかった。


「ゴズさん! あそこに向けて撃ってください!」


 狂乱化している中心を指差し、ガズさんに催涙弾を撃ってもらった。


 撃つだけなので問題なく狂気化している中に大体入ってくれた。


 陽は完全に山に沈み、暗くなってきたが、明るいうちに谷の上にブラックリンを降ろした。


 ゴズさんに催涙弾を装填させ、さらに狂気化している中に撃たせた。


「報酬が入ってきたらここから撃ってください。すべて撃ち尽くしたらルンを交換。オレが戻るまで堪えてください」


 ここならゴブリンが登ってくることもないだろう。食料も持たせているから最悪今日の夜はここで堪えてもらうとしよう。


「お前さんといると大変そうだ」


「その分、稼げますよ」


「遠慮しておく。おれは金槌を打っているか屋台で客を相手にするほうが似合っているよ」


 見た目は厳ついのに性格は穏のようだ。


「では、がんばってください」


 ブラックリンに乗り込み、空に舞った。


 首長が率いる集団は未だに動こうとしない。が、様子が変だと察したのだろう。気配が乱れ始めた。


「イチゴ。敵の頭はこいつだ。脚を狙え。殺しはするな」


 せっかくの首長。ご隠居様に殺させるとしよう。オレが殺すとオレだけにしか報酬が入らないからな。


 あのダメ女神にしては粋な計らいをしてくれる。と思えない。きっと別の目的があるに決まっている。オレは騙されないからな。


 オレは首長が率いる集団の中に催涙弾を撃ち込んでやった。


 マイセンズ系の催涙弾は元の世界よりは優しくできている。呼吸器系を破壊することはないが、なんか痺れ成分が混ざっている。吸ったら涙鼻水が限界突破するだけだ。


 阿鼻叫喚な気配が広がっていき、悲鳴があちらこちらから上がり出した。


「イチノセ。敵の頭の行動を殺しました」


「ご苦労様。警戒を頼む。ご隠居様。チャンスなので攻めてください。防毒マスクを忘れずに」


 被るタイプの防毒マスクならプレンデットをしたままでも大丈夫。まあ、動き難いのは動き難いだろうけどな。


 オレは谷に向かい、地面に着く前にホームに入り、ブラックリンを残してEARをつかんで外に出た。


 こちらは風上なので催涙ガスが残ってはいない。暗視モードに切り替え、ガズさんに上から撃たれない位置から苦しむゴブリンどもを駆除していった。


 百五十万円くらいで一旦停止。気配を確認する。

 

「やっぱり二人だと無駄弾が結構出るよな」


 密集しているから奥にいるゴブリンには当たらない。表面にいるゴブリンが壁となって肉塊になるだけだった。


「集めすぎたな」


 仕方がない。催涙弾で苦しみ殺すか。


 M32グレネードランチャーを取り寄せて阿鼻叫喚なゴブリンの中に撃ち込んでやった。


 六発撃ったら弾を交換。まんべんなく撃ち込み、差別なく催涙ガスを吸わせてやることにした。


「お、報酬が入ってきた」


 ゴブリンって呼吸器系が弱いんだろうか? 結構催涙ガスで死ぬよな。


 これ以上は稼ぎにならないので催涙弾は撃たず、ホームに入ってブラックリンに跨がって外に。首長が率いる集団へ向かった。


 ちょうどご隠居様たちが到着したようで駆除を開始。いい感じに報酬が入ってきた。


 ご隠居様の稼ぎを邪魔しないよう、周囲にいるゴブリンをブラックリン搭載のEARで撃っていった。


 報酬から考えて約七百匹と言ったところか。まあまあ倒せたほうだな。あとは、各個撃破になりそうだな。


 首長を殺すと群が瓦解してしまうから残していた一面もあるが、ここまで潰したらさすがのゴブリンも逃げ出してしまう。あとは各個に駆除していくしかないだろうよ。


「まったく、面倒だ」


 って思うくらいゴブリン駆除に慣れてきてんな。気を引き締めてやらんとケガするぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る