第886話 負けルート

 ヘロヘロになってホームに入った。


 巨人になれる指輪をして酒を抜き、玄関に置いてある水を飲んだ。フー。


 シエイラが入るドアは開いたままなので真っ暗な壁が見えるだけ。あちら側は見えないが、もう二十二時を過ぎているので就寝しているだろう。


 それでも黒い壁の前に立ち「ただいま」と告げて中央ルームに向かった。


「まだ起きてたのか」


 中央ルームには全員が揃っていた。


「はい。シエイラが妊娠したと聞いたので」


 ラダリオンから聞いて待っていたのか。悪いことしたな。


「まず酒の臭いを流してくるよ」


 夕飯は食っただろうからゆっくりシャワーを浴びて酒の臭いをしっかり流した。


「遅くなって悪い。聞いたとおりシエイラが妊娠した。三ヶ月になったかどうかだろう。そうなると来年の二月くらいになると思う」


 この世界だと細かいことはわからない。元の世界と同じかどうかもわからない。が、これまでの駆除員からしてそう変わりはないはずだ。


「本当は、これは避けたかった。オレ的には負けルートだと思っていたからな」


「負けルート?」


 雷牙には理解できず首を傾げた。


「ああ。これまでの駆除員は子供を作って守りに入って、攻めるべきに攻められず、選択を間違えて死んだ節がある」


 生存本能でも働いたんだろう。子孫を残すために作ったんだろう。


 ……まあ、殺伐とした毎日に肉欲に溺れたってのもあるだろうがな……。


「もし負けルートに入った場合を考えて、オレが死んだ場合はミリエルが次のマスターだ。ラダリオン、ミサロ、雷牙はミリエルを支えてくれ。これは映像にも残す。職員に見せてくれ」


「タカト、死んじゃうの!?」


 雷牙がしがみついてきた。


「大丈夫だよ」


 優しく雷牙の頭を撫でてやった。


「オレが死ぬ状況で考えられるのは今のところ二つだ。魔王が攻めてくるか、魔王以上の存在が現れるときだ。それ以外は……事故死くらいだな。それ以外でオレが死ぬことはない。これは万が一のときのためだ」


「……死なないんだよね……」


「そのために動いてきたんだ、そう簡単に死んでられないよ」


 領主代理はもうオレの味方だ。裏切るなどあり得ない状況だ。これでオレを裏切っても破滅しかないだろうよ。


「コラウス、アシッカ、ロンレア、ミヤマラン、ガーゲーや中継地、都市国家方面に手を伸ばした。どこが奪われても他に移ればいいだけた。もし、王国が敵に回っても勝てるだけの戦力はある。懸念があるとしたらマガルスク王国だな。なにかと不穏なことが起きているっぽいからな……」


 ゴズが帰ってきてくれたらいいんだが、なんの音沙汰もなし。ただ、同胞を逃がすために動いているとしか報告が上がってきてないのだ。


「あと、もしものときはすべてを投げて逃げろ。オレたちが最重要事項はオレたち五人が生き延びることだ。いざとなれはシエイラをホームに入れる。子供は諦める」


「……み、皆を見捨てるの……」


「見捨てる」


「──ライガ、それまで」


 ラダリオンが雷牙の口を押さえた。


「酷いのは認める。だが、オレが守るのはここにいる者だけだ。他と比べるものではない。これは、お前たちを駆除員としたオレの責任。すべての恨みはオレが受け止める」


 だからこれは命令だ。従えないのなら駆除員を解除する。ダメ女神と交渉することになるだろうがな。


 ……あのダメ女神なら次を用意したら承諾しそうだしな……。


「わたしはタカトさんに従います」


「あたしもタカトに従う」


「従うわ」


 全員の目が雷牙に集中する。


「……し、従うよ……」


「ありがとな」


 雷牙の頭を撫でた。ごめんな、辛い決断をさせて。


「オレたちは家族だ。血の繋がりなど関係ない。種族も関係ない。オレがこの世界で得た大切な存在だ。絶対に失ったりはしない」


 この世界で生きる理由でもある。一人だったらオレはとうに死んでいただろう。死にたくない以上に大切にしたいと思うのだ。


「わたしも失いたくありません。タカトさんだけに責任を負わせることはさせません。タカトさんの敵は近づけさせません」


「タカトの敵はあたしが駆逐する」


「タカトが安らかに眠れる場所はわたしが守るわ」


「お、おれは、タカトの敵に噛みつく!」


「それは汚いからブーメランで斬り裂いてくれ」


 そうだな。オレが一人だけ持つものじゃない。家族で乗り越えてこそ生きる価値があるってものだ。


 危うく負けルートに突き進むところだった。自分が、ってのが一番危険だ。オレたちは家族でありチームだ。役割分担でやっていくべきなのだ。


「皆で幸せになろうな」


 誰一人欠けてはならない。オレが寿命で死ぬとき、家族に見守れて死ぬ。新たなオレの目標だ。


「さあ、寝るか。明日もがんばって生きなきゃならんからな」


 なんだかんだと寝る時間だ。明日もやることはたくさんある。てか、領主代理と酒ばかりで禄な話もできなかったよ。


「わたしは、明日の料理を作るわ」


「あたしは寝る。がーグルスを連れてこないといけないから」


「わたしも寝ますね。伯爵様を連れて領地を見回らないといけないので」


「おれも寝る。タカト。一緒に寝よう」


 今日はこれにて終わり。温かいベッドで眠るとしよう。ここはオレが安らぎを得られる家なんだからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る