第883話 判定

 館にあるシエイラの部屋に入ったのは何度もある。が、ベッドがあるわけでもなく二人がけのソファーとドレッサーが置いてあるだけ。本当に殺風景だ。


「ロンレアに移るか? あそこなら駆除員が望んだものだからライフラインはしっかりしているぞ」


「ここでいいわ。もう知り合いも多いしね。誰も知らない土地にはいきたくないわ」


「そうか。なら、ここを暮らしやすくするか」


「そう広くもない部屋なんだし、そんなにものはいらないわよ。まあ、電気がないのは残念だけど」


 そうだよな。電化製品に慣れたらないってことが苦痛で仕方がない。オレのゴブリン駆除ライフも電気に助けられているところもあるからな。


「ホームに入れるドアがあるのにな」


 外開きのドアで、こちらの世界に合わせたかのように開けたら部屋がありそうなものだった。


 このドアはオレでも開けられるが、黒い壁があるだけ。触っても堅い壁としか思えない肌触りだ。


「不思議なものだ」


 コンコンと叩いても壁としか思えない。ほんと、ダメ女神を体現……ん? 体現?


 あのダメ女神は悪辣なようで抜けたところがある。ホームだって拡張と言いながらダストシュートみたいな機能もあれば車やルースミルガンまで入れられたりする。


 そう考えると、このドアにも抜け道的なものがあるんじゃないか?


「シエイラにはここがどう見えるんだ?」


「ホームの中が見えるわよ」


「見えるんだ」


 ってことは、ダメ女神はシエイラの体を弄ってんな。


「ちょっとホームに入るからそこで待っててくれ」


 そう言ってホームに入り、ドアの前に立ってみるが、シエイラの姿は見えない。黒い壁のままだ。


「シエイラ。なんかこちらに入れてくれ」


 そう呼びかけ、しばらくすると化粧水の瓶が壁から出てきた。


 それを受け取り、外に出──せない。シエイラのものだからとかは関係ないってことか。でも、シエイラが入らなくてもつかんでいれば入れられるってことか。


「ホームに入るのと同じ理屈か」


 少し考えてからガレージに向かい、ロープをつかんで延ばし、片方をつかんで外に出たらロープすべてが外に出された。


 これは予想できた。と言うか、やはりつかんだり持っていたりすればオレの一部と判定されるようだ。


「シエイラ。ロープの端をホームに入れてくれ」


 またホームに入り、ドアの前に立ってロープを入れてもらい、つかんだら離してもらった。


「おー。弾かれないよ」


 これだからあの女神はダメなんだよ。どこかが抜けてんだよな。


 シエイラはつかんでないのにロープ上下左右に動かせる。シエイラが入れたものと判定されてんだろうか?


「シエイラ。これなら電気を通せるぞ。ちょっと待っててくれ」


 中央ルームに走り、タブレットで電工ドラムや延長コードを買って外に運んだ。


 電工ドラムからコードを回してシエイラにホームに入れてもらい、ドアの横にコンセントを作って差した。


「それとアポートウォッチを使え。欲しいものリストをホームに入れてくれ」


「いいの? もうアポートウォッチはないんでしょう?」


 アポートウォッチは今のところ四つ。ミリエル、カインゼルさん、ビシャに持たせている。


「アイテムバッグがあるから大丈夫だよ」


 エルガゴラさんからプレートキャリアをアイテムバッグ化してもらった。必要なものは入れてあるし、レッグバッグもある。アポートウォッチがなくても事足りるさ。


 もう一つコードを入れてもらい、一つは部屋に。もう一つは食堂に延ばして冷蔵庫やHIヒーターを買ってきた。ついでに大容量のポータル電源を四つ買った。


「電気の近くってもなんか母胎に悪そうだよな」


 アースを外に延ばしておくか。


 終わったらベッドや冷蔵庫、カセットコンロ、食器棚を買って部屋に置いた。


「エアコンも必要か?」


 産まれる頃は冬になっていそうだ。氷点下になることもあるし、つけておくべきだろう。


「過保護しすぎ。他の目もあるんだからこれで充分よ」


 なんて怒られてしまった。そ、そうか?


「別に館を建ててもっと広い部屋にするか。次に女神のアナウンスがきたら交渉してみるよ」


 あのダメ女神に頭を下げるのは嫌だが背に腹は代えられない。あ、待てよ。エルガゴラさんにどこても部屋を作ってもらうか? 


「だから過保護すぎるのよ」


「いや、これじゃ暮らし難いだろう……」


「まだ産まれるまで時間があるし、こうして動けるんだから大丈夫よ。これで子供が産まれるときになったらどうするの? それこそ意識が散漫になって怪我をするわよ」


「怪我くらいならすぐ治せる。が、そうだな。ちょっと我を忘れすぎだな」


「そうよ。わたしは大丈夫。頼れる人も出産経験者もたくさんいる。あなたが無事帰ってきてくれたらそれでいいわ。生きて帰ってきて」


 そう、だな。オレは死ねないし、死ぬ気もない。このことは想定してなかったが、備えることは今からでもできる。


「辛くなったら誰かに甘えてもいいからね。わたしでは慰められないから」


「妊娠中の浮気は一生ものっていうからな。そんなことはしないよ」


 オレは一生恨まれるなど嫌だよ。


「していいのよ、タカトの場合は。あなたは生きなくちゃならないんだから。それに、この時代の女はそんな柔な考えしてないわ。てぐすねひいてタカトを狙っているわよ。そういう女を抱いて発散しなさい」


 えー。それはどうなの~?


「まあ、わたしは他の女を抱いてもなにも言わないわよ。わたしだって若い頃はいろんな男に抱かれてきたんだからね」


「こんな時代じゃ仕方がないだろう。オレは気にしてないよ」


 そこまでウブではない。知り合う前の色恋をどうこういうつもりはないさ。オレだって経験してんだからな。


「まっ、そうなったらシエイラのところに戻ってくるよ」


 オレには酒もあるしな。肉欲に溺れるハッスルマンではないからな。


「ふふ。さあ、働いてきなさい」


 シエイラに押されて仕事に放り出されてしまった。

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