第877話 ルクアル商会

「……公爵様。もし、領地を空けることができるならロンレアまで運びますよ」


 ミリエルの話では頂上にあるロンレア家の墓に葬ったとのこと。墓標に花を供えるくらいできるだろうよ。


「領地を離れる、か」


「今なら次期当主と現伯爵がいます。二人に任せるのもよろしいのでは? 二人の実績ともなります。元の世界の上司が言っていました。仕事は連続だ。前人から仕事を受け継ぎ、それを後人に受け継ぐこと。途絶えさせることは最大の失敗だと知れと」


 派閥争いはあったもののちゃんと毎年人を雇い、四十代、三十代、二十代を途絶えさせなかった。ちゃんと受け継いできたことで会社は成長してきた。


 そのお陰で人間関係を学べ、年上や年下の扱いを覚えたものだ。


「お前の考えはそこからきているのか」


「公爵様は傑物です。ですが、誰も彼も傑物になれるわけではありません。永遠の命があるわけではありません。必ず老いるもの。そして、いつか自分はいなくなります。大切な者が後ろにいるならしっかりと後人を育てるべきです」


 オレは自分が凡人だと知るから後人を育てることを忘れない。じゃないと、いつまで経っても道を譲ることができないからな。


「……わたしはいつの間にか保身に走っていたようだな……」


「保身が悪いわけではありません。後人の邪魔になることが罪なだけですよ」


 オレだって保身に走ってきたさ。前に出たくない。だからと言って後ろにも立ちたくない。居心地のよい真ん中にいたものさ。


「そうだな。そろそろ道を譲るとするか」


「ええ。少しずつ時間を作っていけばいいと思いますよ。公爵様ならあと二十年は元気に過ごせそうですからね」


 回復薬を飲んだなら病気や不具合なところは完治したはず。なら、あと二十年くらい余裕で生きられるだろうよ。


「ふふ。二十年か。随分と長いな」


「過ぎてみれば一瞬。悔いが残らないように過ごしてください」


 二十五歳を過ぎてから月日の経つのが早く感じるようになった。四十、五十になったとき、もっと早く感じるんだろうよ。上司もあっと言う間に五十になっていたって言ってたからな。


 ……オレの場合は、明日のことを考えることが必死で時の流れを感じている暇もねーけどな……。


「少し、調整してみよう」


「では、オレは商人をロンレアに運びます」


「突然抜けて悪かったな。ノーマンたちと話し合うとしよう」


 部屋に戻り、崖崩れのことや今後のことを話して夕方に解散。オレは麓の広場に向かうことにした。なぜかルジューヌさんも同行することになっていた。なんで?


 なんで? と訊くのが怖いので流れに任せることにした。


「馬が引いているわけではないのに凄い速さですな」


 同乗者はルジューヌさんだけではなく、ルクアル商会のコントルさんとノーマンさんも乗っている。


 コントルさんは、ルースカルガンを見ておきたいとのことで同行し、ノーマンさんは隊商の様子を見たいとのことだった。


 暗くなる前に麓の広場に到着。なんだか賑やかになっていた。どした?


 発着場に向かうと、一号艇と六号艇が降りていた。


「ルシフェルさん、きてたんですか」


 一応、ルシフェルさんにはアシッカに残っててもらっていたのだ。


「崖崩れの様子も見ようと思ってね」


「そうでしたか。で、なにがあったんです、これは?」


「隊商が不満を溜め込んでいたから屋台を出したのよ。お酒や食料はシエイラに用意してもらったわ」


 そう言えば、なんかシエイラが言っていたような? ゲーゲーしててよく聞いてなかったわ。


「そうでしたか。ノーマンさん。隊商の話を聞いてきてください」


「わかりました」


 オレじゃどうしようもないからな。ノーマンさんに任せるとしよう。


「コントルさん、この乗り物でロンレアに向かいます。この中に入る量までなら一緒に運びますよ」


「荷車だと六から八といったところか。かなり入るのだな」


「なんなら荷車ごと入れますよ。馬もとなるとエサも必要となりますね。まだロンレアに馬のエサとなるものは地面から生えている草しかないんで」


 草は至るところに生えてはいるが、魔物も徘徊しているから放し飼いにはできないだろうよ。


「あちらに荷物を運ぶ手段はあるのか?」


「巨人がいるので頼めば運んでくれると思いますよ。今は港町に入れてますから」


 人が少ないから気にせず歩けている。巨人も金をもらえたら引き受けてくれるだろうよ。


「そうか。ロンレアがあの状態では馬より人を連れていったほうがいいかもしれんな」


「明日でよければ下見をしてみますか?」


「いいのか?」


「構いませんよ。朝に発ってば昼までには帰ってこれると思いますから」


「そうか。では、頼むとしよう」


「わかりました。今日は帰らなくても大丈夫ですか? それとも一旦戻りますか?」


「いや、今日はここで夜を明かすとしよう」


 この時代の商人は旅を経験しているから突発な野営でも困ったりしないのだろう。まあ、ルースブラック内に寝れば問題ないけどな。


「ルジューヌさんはどうします? 送りますよ」


「いえ、わたしもここで休ませてもらいます」


 この人の場合は騎士だからな。問題なく寝れるだろう。


 二人のために寝床を用意したらオレも広場の様子を見にいった。

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