第864話 金印の冒険者

 ホームに入らずルースブラックで眠っていたらゴブリンの気配で目を覚ました。


 戦闘強化服のまま眠ったのでマナックが切れていて動き難かった。


 ……魔力が切れるとこんなに動き難くなるんかい……。


「これじゃ切れたら逃げられなくなるな」


 魔力管理をしないと不味いものだったのかよ。安全なときに知れてよかったよ。


 ピチピチの革服を着ているような感じでマナックを取り寄せ、腰のボックスに補充した。


「ふー。次は着替えてから眠るとしよう」


 外に出てゴブリンの気配を探ると、凄い数が目の前の山に向かって集まってくる気配を感じ取れた。


「ゴブリンか?」


 ルースブラックの上にいたアルズライズが顔を出した。


「ああ。千は軽くいるな。この調子だとまだまだ集まってきそうだ」


 アシッカとロンレアの間も山々が列なっている。エントラント山脈の一部なのか? そう標高が高い山はないようだが。


「ここにもきそうだ。アルズライズたちはコルトルスまで下がってくれ。肉はまだあるのか?」


「いや、大体は運んだ。あとは残骸だな」


「そうか。なら、ルースブラックで下がってくれ。ブラックリンのほうがよさそうだ」


 ミジャーの粉はホームに入れてブラックリンを出してきた。


「片付けが終わったら下がってくれ。訓練はアレクライトでやってくれ。島ゴブリンもいるから駆除にいってもいいぞ。こちらが終わればそちらに向かうから」


 いつになるかはわからんけど。


「ラダリオンも連れてってくれ。補給できるヤツは必要だからな」


 アレクライトは厨房がないから料理もできないんだよな。いや、誰もできないから厨房を作らなかったんだけなんだけど。


「わかった。あまり無謀なことはするなよ」


「もう一人の金印がいるんだから大丈夫だよ」


 邪魔しないようにするだけだしな。無謀なことをする暇もないだろうさ。


「じゃあ、またな」


 ブラックリンに乗って飛び立った。


 上空二百メートルまで上昇。山は三、四百メートルはあるだろうか? そこまで高い山ではない。夏でもあるので葉が生い茂っているのでマルデガルさんの姿は見て取れない。頂上か?


 さらに上昇して頂上と同じくくらいの視線になると、マルデガルさんとアツコが見えた。


「さらに集まってきてるな」


 どんだけだよ。ミジャーの効力って? 場所を選ばないとこの大陸中のゴブリンを集めそうだわ。


 まだゴブリンが山までくるまで時間がありそうなので、マルデガルさんの横にブラックリンを降ろした。


「千以上のゴブリンが集まってきます。あと三十分もすれば先頭が見えると思います」


「そうか。五千とか六千とか経験すると、千が少なく思えるから不思議なものだ」


 それはよくわかる。最初は数匹でビビってたのにな。今は一万匹いても驚かなくなっちゃったよ。


「一人でやります?」


「ああ、一人でやるよ。巻き込まれないよう遠くにいろよ」


 駆除員の血を受け継ぎ、チート級の力を持った人。五百メートルは離れておくとしよう。


「では、上から見てます。ゴブリンが逃げ出し始めたらミジャーの粉を撒くので合わせてください」


「わかった」


 首をゴキゴキ鳴らし、地面に刺していたバールを抜いた。


「ちょっと握ってくれ。カインゼルさんに買ってもらったからそろそろ消えそうなんだよ」


「バールなんて使うんですか?」


 差し出されたバールを握った。


「おれの力に耐える剣ってそうはないんだよ。これはいいな。折れず曲がらず殴りやすときている。二千匹以上殴っても歪みすらないよ」


 いや、さすがに歪んで……ないな。どんだけ頑丈なんだ、バールって? 怖いな、バールってのは……。


「まあ、消えたら新しいのをあげますよ。バールはそこまで高くないですからね」


 アルズライズも使うものだし、買い置きしてある。遠慮なく使ってくれて構わないさ。


「そんときは頼むよ」


「では、がんばってください」


 バールを返し、ブラックリンに跨がって空に上がった。


 しばらくしてゴブリンの姿が見えてきた。


 前のも筋肉質のゴブリンだったが、今回も同じくらいの育ち具合だ。


 マルデガルさんは津波のように向かってくるゴブリンを無表情で見詰めている。


 どうするんだ? と思っていたら、マルデガルさんの周りに風が吹き出した。


 風は徐々に強さを増していき、やがて竜巻となった。


「……広範囲攻撃か……?」


 ミジャーの粉により狂乱化一歩手前なので竜巻に気づいてないようだ。


 マルデガルさんまで五十メートルまで迫ったとき、竜巻は二つに分かれてゴブリンに襲いかかった。


「チートタイムより勝りそうだな」


 まあ、戦闘技術が天と地くらいあるからチートタイムより弱いかもしれんが、二十年以上冒険者をやっている人なら技術面でその差は埋められるだろうよ……。


 草木が混ざり、ミキサーのようにズタボロに引き裂かれるゴブリンども。今ので軽く二百匹は死んだんじゃないか?


「……凄まじいな……」


 マルデガルさんの表情からそこまで魔力を消費する技ではないようだ。


「ゴブリン駆除じゃなくて魔王退治に参加させたほうがいいんじゃないか?」


 あのダメ女神は人を配置するのもダメだよな……。

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