第862話 高所恐怖症

 補充役がいなくなったので、ロンレア方面経由で飛ぶことにした。


「楽になるのはいいが、なにか大切なものが失われているような気がするよ」


「その感覚は間違っていませんよ。人は楽を覚えて堕落していく生き物ですからね」


 工場でもあったよ。効率化効率化と叫んで人を減らし、一人にかかる仕事量を増やしていく愚行が。


「この先を知っているものからすると、今が人らしい生活を送っているんだと思いますよ」


 教育も医療もないに等しい世界だが、生き物としては正しい生き方なんじゃないかと思うよ。


「……これが人らしいか……」


「オレがやっていること、人らしいと思えますか?」


「人らしいかはわからんが、そんなに急ぐ必要があるのかとは思うよ」


「楽を覚え、効率化を求めるようになった姿がこれですよ。オレがいた世界ではこれでものんびりしていると思われるくらいです」


 オレはじっくり変えていきたい派だった。


 ホワイトな工場ではあったが、派閥争いみたいなことはあった。メンドクサイと思いながらも平和に暮らすには上手く立ち回らないといけない。あちらを立ててこちらも立てる。それがなければ本当にいい仕事だったのによ。


「お前でのんびりなんだ。そんな世界には生まれたくないな」


「どんな時代でも慣れていくしかありません。送り込まれてくる駆除員が五年も生きられないのはその差に適応できなかったからでしょうね」


 最初はサバイバル技術や戦闘能力を求められるが、拠点を築いてからは調整力やコミュニケーション能力が必要とされる。この時代に馴染めないと生き抜くのは大変だろうよ。


「適応か。確かにお前は適応しているな」


「オレが適応できているのは信頼できる仲間と出会えたからですね。これはもう運ですよ」


 他の駆除員も仲間とは出会っただろう。だが、オレのように特異な力を持った者ではなかったはずだ。


「その仲間に信頼されるのも一種の力だな」


「そうかもしれませんね」


 仲間から否定される者や障害を持った者を受け入れられるのは性格もあるだろうが、受け入れるだけの才能や力がなければ無理だろう。


 オレにそんな才能や力があるかはわからない。だが、ラダリオンたちがいてくれたからオレは生きていられる。なら、覚悟を持ってラダリオンたちを守るだけだ。


「お前は長生きするよ」


「ふふ。金印の冒険者に言われると自信が持てますよ」


 長くやっている人にそう言われると嬉しいものだ。


「あ、一旦降りますね」


 大した荷物を積んでないとは言え、すぐ魔力がなくなってしまうな。本当に自動補充装置が欲しいものだ。


 降りたらすぐマナックを補充。すぐに飛び立って新要塞都市に辿り着いた。


「三十分休みましょうか」


「その間、ちょっと見てくるよ」


 気だるくしていても根は好奇心が強いんだろうな。新要塞都市を見にいってしまったよ。


「マスター」


 缶コーヒーを飲んでいると、モウラがやってきた。


「お疲れさん」


 缶コーヒーを渡し、新要塞都市の様子を聞かせてもらった。


 二十分くらい話を聞いていると、モニスが現れた。


「タカト、ここにいたのか」


「久しぶり。元気にやってたか?」


「元気にはしていたが、獲物がいなくてさ迷っていたよ」


 ゴブリンやグロゴールがいなくなって魔物が戻ってくると思いきや、まったく見えないそうだ。中継地方面に逃げたか?


「それならオレらとくるか? ラダリオンから腕輪を借りてくるぞ」


「そうだな。タカトといって──マルデガルか?」


「モニスじゃないか。しばらく見ないなと思っていたらタカトと行動してたのか」


 ん? 二人は知り合いなのか? いや、同じ地域にいて山に入っていれば会うこともあるか。


「しばらく話をしててください。ラダリオンから腕輪を借りてくるんで」


 昼に入ってくるだろうから今のうちに新要塞都市に差し入れるものを用意しておくか。


 あれこれやっているとラダリオンが入ってきた。


「ラダリオン。腕輪を貸してくれ。モニスをコルトルスに連れていくからさ」


「うん」


 と、すんなり貸してくれた。


「あと、ダンも朝にコルトルスに向かわせた。捕まえたガーグルスを町に連れてってくれるか?」


「わかった。肉、運んでくる?」


「そうだな。新要塞都市にいるから渡しておくか」


 一旦外に出て肉を運ぶことを伝え、冷凍庫にあるものを外に出した。


 新要塞都市にはエルガゴラさんにアイテムボックス化してもらったクーラーボックスがある。コンテナ一つ分の容量にしてもらったから三百キロくらいは入るはずだ。


 夕方までかかってしまったが、ここからならコルトルスに向かえる。暗くなる前には到着できるだろう。ルシフェルさんがコラスウに着いてアツコをセブンイレブンホームに入れてくれたお陰で補充役ができたんでな。


「モニス。そう長く飛ぶわけじゃないから堪えてくれよ」


「心配はいらない。外を見るわけじゃないからな」


 意外な真実。出発前にモニスを試しに乗せてみたら高所恐怖症でした。


「高い位置から見下ろしてんのに不思議なものだな」


 初飛行になんの感動も見せないマルデガルさんのほうが不思議だと思うんだけどな。


「では、離陸します」


 ルースブラックを飛び立たせてコルトルスに向かった。

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