第843話 レクリエーションルーム

「クーズルース、出港」


 船の慣らし航行なので、力む必要もないと出港を命じた。


「魔力炉異常なし。水平値正常。推進力5ルクス」


 ルクスとはパーセントだな。5パーセントの推進力で進んでいるってことだ。


 ちなみにプレクシックは水を吸って吐き出す力で進んでいる。スクリューは発明されなかったそうだ。


 横のモニターを見ると、ゆっくりと動いているようだ。


「推進力はどこまで出せるんです? 100ですか?」


「魔力炉搭載だとわからんが、通常なら80ルクスだな。それ以上は船体が安定できなくなる。時速で言えば五十キロくらいじゃないか?」


 時速まで理解しちゃったんだ。古代エルフって知能が高いよな。IQ、百三十くらい余裕であんじゃね?


「湾内を出るか?」


「プロプナスはどこですか?」


「クーズルースから見て十時方向四十キロの位置にいるな」


 相当な距離を移動したな。一月前は半島の近くを泳いでいたとミリエルが言ってたが。


「どこまで近づくとプロプナスに感知されますかね?」


「昔の情報では約二十キロで感知されていたそうだ」


「生物としては高性能ですが、この大海原では近視眼ですね。移動速度もそう速くないみたいですし」


「プロプナスはセンサーで探知できないところだ。いつの間にか近づかれて沈められた船が結構あったそうだ」


「クーズルースのセンサーでも無理ですか?」


「無理だな。魔力反応、熱反応、動体反応と、すべてダメだ。肉眼で確認するしかない」


 対魔法能力にも優れている。拠点防衛用としてはかなり優秀な生体兵器のようだ。


「数は一匹でしたか?」


「ああ。一匹だった。見える範囲では、だが」


 分裂して増殖するとは聞いたが、今は一個体として生きるほうが得なんだろうよ。


「では、十四時方向に島はありますか?」


「諸島が続いている」


 アルズライズの故郷の諸島群か。今も人は住んでいる島はあるとか言っていたっけ。


「では、そちらに向かってください」


「ラー」


 推進力10パーセントまで上昇させ、湾内を出た。


 あまり波は高くないので揺れは少なく、海風を感じるわけでもないから海を進んでいる感覚はまるでなし。映像を観ているかのようだ。


「動体センサーに反応。距離千六百メートル。水中十メートルのところに大型水棲魔物の反応あり」


 オレに合わせてメートルで教えてくれた。助かります。


「襲ってくる感じですか?」


「いや、逃げた。こちらを警戒して逃げたんだろう」


「動物は自分より大きいものから逃げると聞きますが、この世界でも同じのようですね」


「元の世界も海はあったのか?」


「星の七割が海でした。まあ、オレは船に乗ったことはありませんでしたけどね」


 ゴムボートや公園にある手ごきボートくらいだ。


 なにもすることがないので元の世界のことを語り、何事もなく一時間が過ぎた。


「自動航行にして一休みしますか」


 航行がこんなに暇とは思わなかった。てか、一時間でどんだけ進んだんだ? 


「ざっと二十キロだな」


 尋ねたらそんな答えが返ってきた。時速二十キロってことか?


「外洋は波があるからな。速度を上げても揺れが激しくなるだけだ。二十キロくらいが快適に進める速度だ」


 ウルトラマリンに乗っているほうがオレには性に合ってんな。


 移動中なのでホームに入ることはできないが、アポートウォッチはしている。カートを取り寄せ、インスタントコーヒーやお茶、菓子をセットした。


 一応、船橋にはウォーターサーバーが設置されており、水、お湯、スポーツ飲料的なものが出るようになっています。食べ物は変わらずカロリーバーだけど。


「ミリエル。休憩にしよう」


 上部デッキを調べているミリエルを呼んだ。


 しばらくしてミリエルが船橋に現れた。コンテナボックスを抱えて。


「なにか見つけたのか?」


「はい。レクリエーションルームっぽいところで自販機を見つけました。缶ジュースですかね?」


 コンテナボックスを開くと、二百五十ミリ缶くらいのものが入っていた。


「おー。酒じゃないか。マイセンズは酒が許可されていたのか?」


「酒なんですか?」


「ああ。アルコール度数は三パーセントくらいしかないが、なにかの祝いじゃないと飲めなかったものだ」


 アルコール度数三パーセントなんてもはやジュースだろう。そんなものしか飲めないとか嫌な時代だったんだな~。オレには無理だ。発狂する自信しかない。


「なに味なんです?」


「グレープフルーツや葡萄に近いな。ビールに似たものもあったぞ」


 三パーセントなら酔うこともないと、緑色の缶をつかみ、プルタブ(異世界でも発明されたんだな)を開けて飲んでみた。


「うん。ジュースですね」


 アルコール感は微かに感じられるが、飲兵衛には物足りない。せめて五パーセントはないと酒を飲んでいる感じはしないよ。


「あの頃はこれが一番美味いと思っていたが、タカトの世界の酒を覚えたら物足りないな」


「だな。ビールのほうが断然美味い」


 やはりエルフってのは種族的に飲兵衛なんだな。


「ミリエル。まだあったか?」


「自販機は船内の各所にありました。五十回くらい押してみましたが、切れることはありませんでした」


「自動補給されるようだな。酒が作れるなら売るとするか。出せるだけ出しておいてくれ。アイテムバッグは空いているか?」


「百本くらいなら入れました」


「じゃあ、オレも入れておくか」


 気晴らしに酒が出る自販機にいってみた。

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