第832話 アイデンティティー

 なんだかんだとガーゲーに四日も拘束されてしまったよ。


 ミジャーは今も集められているが、中継地から運ぶことにしたよ。まだ建設途中なんでな。ロンレアに戻る前に完成させておきたいのだ。


 中継地に戻ると、魔力炉の建物が完成しており、稼働している様子だった。


 建物の近くにルースブラックを着陸させ、外に出るとエレルダスさんやアリサたちが迎えてくれた。


「長く留守にしてすみませんでした」


「構いませんよ。特に問題はありませんでしたからね。そちらはなにかあったんですか?」


 テントの下でコラウスのことや新要塞都市のことを伝えた。


「ミジャーがゴブリンを引き寄せるエサになるとは。女神はわざとタカトさんに教えていますね」


 オレもそんな気配は感じていたが、どうでもいいと放っておいた気配もあるからなんとも言えなかったんだよな。


「使い方は考えているんですか?」


「中継地周辺を切り開いてばら撒こうとは思っています。ここなら周辺に迷惑をかけることもありませんし、ガーゲーや都市国家からの物資を補給できます。つまり、この森を意図的にゴブリンの国にします」


 別に王を立てるとかじゃなく、ここをゴブリンの最後の楽園(オレらにも楽園)にしようってことだ。


「ガーゲーからも百キロ。都市国家からも百キロ。海までは約五十キロ。ゴブリンが生きるにはちょうどいいでしょう。溢れるようなら迎え撃てばいいだけですからね」


 ロンレアはセフティーブレットが抑えたようなものだし、都市国家の最前線にも楔を打ったようなもの。溢れたところでいい稼ぎ時でしかない。


「ここは?」


「請負員の訓練場ですね。マンダリンやルースカルガンを飛ばすのにも適してますしね」


 マンダリンやルースカルガンのことは知られているが、それを一般に普及させるつもりはない。セフティーブレットだけに止めておく。


 不平は出るだろうが、権力者はこちらについている。主要な商人もこちら側についている。多少の声など囀ずりでしかない。セフティーブレットに敵対する者はいない。いるとすれば獣人を拐っていた犯罪組織や王国だろう。


「ここはセフティーブレットが追われたとき、再起を図るための場所でもあります」


 ガーゲーやマイセンズがあるが、あそこはエレルダスさんに任せる。百年も生きられないオレたちでは管理はできない。エルフに任せたほうがいいだろう。もはやエルフに地上の支配者になる道は途絶えた。エルフが望んでもダメ女神が許さないだろうからな。


「追われることなんかあるの?」


「万が一です。どう転んでもその先に対抗策があるなら心が軽くなるもんです。無駄になるならそれで構いませんよ」


 セフティーブレットが五十年、百年先まで残れるなら大した労力でもないし、惜しくもない。オレが往生したあと、セフティーブレットを継いだ者が使うかもしれない。魔力炉がある場所を残しておくだけで損はないさ。


「あなたは本当に先を見て行動しているんですね」


「オレには責任がありますからね。オレが死ぬまでは職員や請負員は守るよう行動しますよ」


 まっ、それも建前だ。真の目的は駆除員を守ること。これはラダリオンを受け入れたときから変わっていない。優先順位はこれからも変わることはないさ。


「……まだ若い段階でタカトさんに出会えたことに感謝せねばなりませんね」


「人間の三十一歳は若くありませんよ。まあ、あと五十年は生きたいと思いますけどね」


 もっと若かったら、とは今でも思うが、二十歳くらいだったら一年と生きれなかっただろうな。無茶してバカして誰にも知られず死んでいたことだろうさ。


 三十歳までの経験が今のオレを生かしてくれている。こうして仲間を増やすことができた。臆病にしてくれたからこそこうして慎重に動けるのだ。


「エルフは駆除員の補佐役として生きて欲しい。それがエルフが残れる道だと思います」


 これがこの世界の人間の補佐をしろと言われたらいい気持ちはしないだろう。だが、駆除員は異世界人。女神が選んだ存在だ。心情的に違うだろう。それに、駆除員の補佐となればダメ女神の見る目も違ってくるはずだ。ゴブリン駆除が本当に目的なら、だけどよ。


「そのつもりです。わたしたちは種として終わっている。これから人と交わり溶けていくのでしょう。それまではタカトさんの考えについていくだけです」


 エレルダスさんならそう言うと思った。問題はマイセンズ系のエルフだろう。もう駆除員の血と混じっている。それは生きていくための生存戦略。マイセンズ系のエルフは本当に強かだよ。


「助かります」


 もうオレの計画にはエレルダスさんたちは組み込まれている。ここで抜けられるほうが困るわ。


「アリサもエレルダスさんから学んでおけ。自分たちを守るためにもな。謂わば、お前たちは新たな種となっているところがある。滅ぼされないためにも種としてのアイデンティティーを確立しておけ」


 それもダメ女神の計画かは知らんが、知的生命体としての括りには入っているはず。なら、滅ぼされないよう種としてのアイデンティティーは持っていたほうがいいはずだ。


「そうですね。もうわたしたちとは違う進化を遂げたと言っていいでしょう。女神の考えかはわかりませんが」


 やはりエレルダスさんの考えはオレに似ている。ミリエルとは違った意味で頼りになる人だぜ……。

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