第825話 まったくもってそのとおり
「……相変わらず急転直下なことになっているな……」
焼酎のお湯割りを飲みながらこれまでのを語ったカインゼルさんの感想がそれだった。
「そうですね。悪い方向に流れてないのが唯一の救いです」
急転直下の末に最悪の事態になってないんだからな。よかったと思っておこう。
「普通なら悪い方向に流れるしかないんだがな。なってないのはタカトだからだ」
「我ながら運がいいのか悪いのかわかりませんよ」
ダメ女神に選ばれる運の悪さだが、出会い運だけはよかった。こうして生きていられるのは頼もしい家族や仲間に出会えたからだ。
「そうではないんだが、まあ、タカトらしいよ」
はん? なにか違いました?
「いや、タカトはそれでいい」
なんだか話を逸らされてしまったが、別にどうでもいいこと。
「傭兵団は纏まりはどうです?」
「概ね纏まりつつあるな。ちゃんと食事を与え、給金を払えば人は従うものだ。あとは、忠誠心が揃えば強力な軍隊となるだろうよ」
さすが兵士長まで登り詰めた人。人を纏めるのが上手いものだ。
「オレもカインゼルさんを見習いたいもんです」
「纏めているのはお前だ。わしだけの力で纏められるか」
へ? そうなの?
「女神の使徒であり、実績がある。こうして仕事を与え、生きる理由を与え、生きる喜びを教えた。わしだけではとても纏められなかっただろうよ。巨人を見ろ。ああして笑っている姿など兵士時代は見たこともない。お前が変えたんだ」
その前を知らんのでなんとも言えんが、笑ってられるのはそれぞれが努力したからだ。人の心はそう簡単に変えられないものだ。
「オレのために利用しているだけなんですがね」
生き残るためには数が必要だ。食料や酒で釣っているだけだ。
「ふふ。そうだな。お前が生きるためにわしを利用しろ。喜んで利用されてやるから」
そう言われると躊躇してしまう人の心理。難しいものだよ……。
「まあ、ミジャーもゴブリンもさっさと終わらせてお前と合流するようがんばるよ。わしも海を見てみたいし、ルースカルガンを操縦してみたいからな」
「そうしてください。カインゼルさんには最前線に立ってもらいたいですからね」
後方を任せるのもいいが、カインゼルさんは前線向きだ。別部隊を率いてゴブリンや魔物を駆逐して欲しいよ。
「後継者はいるんですか?」
「三人ほどいる。今はそいつらを小隊長として指揮を任せておるよ」
「三人もいるんですか。案外、人材豊富なんですね」
うちは部隊を預けられるのはカインゼルさんとビシャしかいないのに。
「まあ、まだ小隊を預けられる段階だ。経験を積ませるためにもお前の側に置いておきたい。お前の側なら経験積み放題だからな」
「……休まる暇がないオレとしては堪ったもんじゃありませんよ……」
一月くらいリフレッシュ休暇を与えて欲しいくらいだ。日がな一日酒を飲んで、惰眠を貪りたいものだ。
「そうだな。わしも休みは欲しいものだ。浮浪者だった頃はあんなに仕事を求めていたのに。人は勝手なものだ」
まったくもってそのとおり。なければないで文句を言い、あればあったで文句を言う。どうしようもない生き物だよ。
「でもまあ、こうして酒を飲みながら愚痴を言うのも楽しいもの」
コップを掲げると、カインゼルさんもコップを掲げた。
「まったくもってそのとおり」
同じこと口にするカインゼルさんに笑いが出てしまった。
一人でまったり飲む酒も美味いが、こうしてだれかと飲む酒もまた美味い。明日にもゴブリンの襲撃があるってのに飲みすぎてしまい、起きたときは二日酔いで即起きで虹色のキラキラを発生させてしまったよ……。
「ほら、水だ」
同じくらい飲んだのに平然なカインゼルさんから水を渡され、一気に飲み干した。
「酒に弱くなったな」
「あ、麦焼酎は久しぶりだったから……」
オレは基本、ビール。次にウイスキー。麦焼酎は気分次第。慣れてないから弱いんだよな……。
「お前は休んでいろ。ロガ、ルース、マイオ。用意はできたか?」
「第一小隊、完了!」
「第二小隊、完了!」
「第三小隊、完了!」
カインゼルさんの前にきて敬礼する三人。昨日言ってた三人かな?
「今日も稼ぐぞ! 第一小隊は北に移動。周り込んでくる群れがいる。第二、第三は巨人たちの後方に待機。一匹も通すな!」
おー! と、傭兵団員が槍や剣を掲げた。銃は持たないんだ。
「タカトは休んでいろ。ここはわしらの狩り場だ」
オレに、 ってよりは傭兵団を鼓舞するために言っているのだろう。
「マルジン! ゴブリンがくるぞ! 今日もたくさん取り溢していいからな!」
「今日は稼がせてもらうさ。お前ら、かーちゃんに叱られたくないなら一匹でも多く殺せよ。ゴブリンの血は今日のワインだ!」
なんじゃ、それは?
「おお! ゴブリンの血は今日のワインだ!」
なんか巨人の間で流行っている鼓舞する言葉なんか? あまりいい表現ではないと思うんだが……。
テントに置いてある水をもらい、出陣する皆を見送った。
「ここは、誰も残らないのか?」
「──あ、タカト。おはよう」
と、雷牙がホームから出てきた。
「おはよーさん。ここは誰も残らないのか?」
気になったことを雷牙に尋ねてみた。
「村から女衆がくるよ。それまでおれが留守番なんだ」
なるほど。そういうことね。
「雷牙もゴブリン駆除をするのか?」
「ううん。皆が取り溢したのを駆除する係。たまに隠れるのが上手いヤツがいるからね」
三段対応か。カインゼルさんは隙がないよ。
「じゃあ、オレは戻るからよろしくな」
「うん! 任せて!」
雷牙の頭を撫でたら村のほうに向かった。
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