第824話 幸せ者

 夕方、雷牙がホームに入ってきた。


「お疲れさん。悪いが、ダストシュートしてくれるか? カインゼルさんに伝えたいことがあるんで」


「わかった。じーちゃんならテントにいるよ」


 どうやら一緒に行動しているようだ。なら、栄養剤を持っていくか。


 玄関に立ち、ダストシュートしてもらって外に出た。


 記憶にはない場所だが、山の中ってことはリハルの町寄りって感じだ。


「館から見て北東方向か」


 木々で見えないが、コラウスにきたとき五、六百メートルの山を越えた記憶がある。たぶん、そっち方向なんだと思う。


「タカト!」


 周囲を見回していたらカインゼルさんや傭兵団員がいた。


 ……雷牙、テントの間近から入ったんかい……。


「お疲れ様です。かなりのゴブリンがいるみたいですね」


 夜になるからか、ゴブリンが山のほうに固まっており、請負員は塞ぐように配置しているようだった。


「ああ。二回ほど百匹単位で襲ってきたよ。今は退いている。どうなっているかわかるか?」


「そうですね。今は山の崖辺りに隠れてますね。あ、あちらのゴブリンが山に登ってます。もしかすると回り込んで別のルートからコラウスに向かうかもしれませんね。オレの察知範囲には約五千匹はいそうですね」


 スケッチブックがあったので、図を描いてゴブリンの配置を教えた。


「まだ増えそうか?」


「増えると思います。ラダリオンと出会った廃村辺りがゴブリンの繁殖地っぽいみたいです。一万匹になると思っていてください」


 ダメ女神ははっきり言ってないが、増えるには快適な場所だった。あれから一年は過ぎているんだからかなりの数が増えていることだろうよ。


「そうか。まあ、稼ぎ時ってことで張り切るとしよう。だが、ミジャーが心配だな」


「そのことなんですが、大丈夫かもしれませんよ」


 ふと思いついた作戦をカインゼルさんに伝えた。


「一袋に銅貨一枚は出しすぎじゃないか? 小銅貨一枚で充分だ」


 やっぱり出しすぎなのか? 銅貨一枚、百円くらいだろう? 百円でなにができるんだ? オレ、まったく貨幣価値を知らんわ。


「まあ、他にもこれを渡します」


「カロリーバーか?」


「はい。古代エルフが食べていたものです。これは大量に生産できるので、食料を望む者にはこれを五個渡します」


 味見用に持っていたカロリーバーを渡してカインゼルさんに試食してもらった。


「まあ、悪くはないなが、舌が肥えたせいで毎日食いたいとは思わんがな」


「古代のエルフはこれを毎日食べていたようですよ」


「あんなに技術があってこれを食うのか。つくづく今に生まれてよかったと思うよ」


「その時代を生きていたエルフたちも同じこと言ってましたよ」


 オレもこんな食生活なら残飯を漁る……のも嫌だな。今の暮らしをがんばって維持しようっと。


「でもまあ、保存は効きますからね。その日暮らしの人や保存食として取っておくには適しているでしょう。それをどう説明するかは考えつかないんですけどね」


「たくさんあるのか?」


「造ろうと思えばコラウスを支えるくらいには造れますね」


 全自動で造られ、パレットの上に載せられて出てくる。手間と言ったらコラウスに運んでくることぐらいだろうよ。


「なら、マルティル一家──いや、マルティル商会に配らせて、街方面はマルティル商会に仕切らせる。あいつらなら浮浪者を上手く扱ってくれる。ルグラス。こい」


 と、三十歳くらいの厳つい男がやってきた。


「手紙を書くんでロキアに届けてくれ」


「了解です」


 すぐにテントに入り、手紙を書き出した。


 その間に巨人のところにいってみる。


 ラザニア村からそう離れた場所ではないが、ゴブリンを抑えるには適度な位置であり、村から出てたら穴を抜けられているところだろう。さすがカインゼルさんってところだな。


「お疲れさん。巨人組は誰が指揮してんだい?」


「マルジンだよ。マルジン! タカトだ!」


 一例になっているものの、リーダーはカインゼルさんの側にいるようで、すぐにマルジンがやってきた。


 マルジンはラザニア村の男だ。ゴルグとよく酒を飲んでいたのを記憶しているよ。何度かしゃべったこともある。


「マルジン。稼げたか?」


「ほどほどだな。ゴブリンは小さいから固まっているところにしか弾を当てられんよ」


 ショットガンを使っているとは言え、人を前に出すことはできない。すり抜けられたゴブリンは傭兵団が駆除しているのだろう。


「まあ、ゴブリンはまだまだいる。地道に稼いでくれ。酒でも差し入れるからさ」


 ホームに入り、段ボールに入ったワインを持って外に出てた。


「酔わないていどに飲んでくれ」


 装備を外して巨人になり、ワインを配った。


「悪いな。かーちゃんたちに飲みすぎだって取り上げられて一日一本しか飲めないんだよ」


「なんだ、惚気か? 愛されやがって。酒飲んでかーちゃんに怒られろ」


「ガハハ! お前だって飲みすぎで怒られてんだろう! ライガが言ってたぞ」


「幸せ者はお前だろうがよ」


 巨人になっているせいか、野郎どもにバンバン叩かれる。痛いよ! 本気で叩くなや!


「家庭持ちはかーちゃんのために死ぬ気で働け!」


「そりゃお前もだ!」


 ギャハハと野郎どもの笑いが響き渡った。

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