第784話 生存圏

 次の日もホームと館で仕事をすることにした。


 文字が読めないので職員に報告してもらい、大事なことはパソコンに入力しておいた。


「事務作業は性に合わんな」


「そう言いながら凄い勢いで打ち込んでいるじゃないですか」


「日報はパソコンだったからな」


 工場作業員とは言え、パソコンが使えないと仕事にならない。なんでもかんでもITとか止めて欲しいぜ。


 入力したら印刷してファイルに収めた。


「まったく、三十過ぎると忘れるのも早くなるぜ」


 最近、勉強してないから覚えた文字を忘れかけている。ほんと、歳は取りたくないものだ。


「ドワーフのところは平和なようだな」


 あっちのことも忘れそうになっているが、ルスルさんがいるので忘れても問題はあるまいて。オレが心配するのは、ロズたちが無事帰ってこれるか。そして、マガルスク王国になにもないように祈るだけだ。


「川が干上がってきてるか」


 雨が降らなくても魔境は緑は豊富であり、川はそれなりに水量はあった。なのに、水量はいつもの半分となり、畑が渇いてきているそうだ。


 カインゼルさんのところは変わらず水が流れているのでタンクで運んでこれば畑に撒けるが、麦が成長したところでミジャーに食われるだけ。こういうのを痛し痒しってのかね?


「街は地下水を汲み上げてんだっけ?」


「ええ。昔の巨人が作ったそうよ。飢饉のときでも水は枯れなかったとは言われているわ」


 どんだけ優れてんだ、巨人って生き物は? あの巨体はなんかの枷か? 人間サイズだったら……なにになんだ? 人間とドワーフの上位互換か? まあ、巨人を創った女神が悪いってことだな。


「水の心配は各町や集落ってことか」


「そうね。冒険者に水を運ばせる段取りはサイルス様が行ってくださるわ」


「サイルスさんも忙しくしているようだな」


 結構いろいろやってもらっている中、ミジャー対策や水不足解消と、冒険者ギルドにいたときより仕事してんじゃないか?


「職員には働きすぎないように伝えてくれ。いざってときのためにな」


「職員はもっと働きたいと言ってますよ」


「働くこと以外ないとそうなるんだな」


 娯楽がないに等しい時代。仕事をすることが生きること。するなと言うオレがおかしいんだろうな。


「セフティーブレットは七日に一回は休み。一日の労働は九時間まで。これは譲れん」


 元の世界ならブラックだ! とか言われそうだが、この時代ではこれでもホワイトだったりするんだから元の世界に帰りたいよ。


 ……誰よりもオレが働かせられてんだから笑うしかないぜ……。


「それで人が足りないならどこから連れてくるから」


「それが職員を不安にさせるんですよ。自分たちの仕事を奪われるんじゃないかとね」


 ん? そうなの?


「セフティーブレットは優遇されすぎて、入りたい者は結構います。ですが、職員が増えれば自分の仕事は減らされる。そうなれば給金は下がる。優秀な者が入れば自分たちの仕事が奪われるんじゃないかと不安になるんですよ」


 わからないこともないが、だからと言って一人一人の仕事を増やすことは間違っている。一人一人の仕事は適度に。でも、効果的な仕事をしてもらうのが組織として正常な在り方だ。


「難しいものだな」


 右肩上がりなんて永遠に続くことはない。組織なんて山あり谷ありだ。それをなるべくなくすのがオレの役目であり、職員の仕事なんだとオレは思うよ。


「まあ、セフティーブレットは大組織にするつもりはない。必要がなくなれば別のことで金を稼ぐよう変えていく。もし、仕事が奪われるのが嫌なら支部長を目指すことだ。ゴブリンはどこにでもいるんだからな」


 ミジャーを求めてどれだけのゴブリンが集まるかわからんが、それを乗り切ればコラウスに現れるゴブリンは減っていくだろう。


 本部はゴブリンがいない地を守り、支部を支援するために存在する。それがオレが生き残るために必要なことだと思うのだ。


「最前線は常に変わる。でも、本部は不動でなくてはならない。どこでゴブリンが溢れようとも迅速に請負員を送れる体制を調える。まだまだ道半ばなんだ、仕事が減ることはないし、職員を飢えさせることはしない。今は自分にできることをがんばってくれ」


 ダメ女神が余計なことをしなければオレが望む生存圏を必ず作れる。職員も不安にさせることもないさ。


「百年先を見通すことはできないが、五十年先までならちゃんと見通している。オレを信じろ」


 そんなこと言う性格でもなければ保証もできないが、上に立つ者は未来に希望を見せなくてはならない。オレの胃と引き換えに、な。


 事務所にいた職員が全員立ち上がると、なぜかオレに向けて敬礼した。


 止めてくれ、と叫びそうなのをグッと堪え、うんとだけ頷いておいた。


「悪いな。オレは最前線に立ってないといけない運命だ。ここでふんぞり反ってはいられないんだ」


「わかっているわ。ここは、わたしたちが守ります。安心していってきてください。そして、無事、帰ってきてください」


「……ああ、ありがとな……」

 

 まったく、涙を流さないようにするのが精一杯だよ。

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