第769話 捨てられた領民

「きょ、巨人なのか!?」


 城門前を箒で掃いているラダリオンに驚く兄弟。巨人のことは知っているようだ。


「ああ、オレの家族だ。ラダリオンって言うんだ、よろしくな」


「……きょ、巨人が家族なのか……?」


「そうだよ。まあ、お近づきの印に食事でもどうだい?」


 なにも作ってないが、食材は出してある。シチューでも作ってやるとしよう。


「食糧事情は厳しいのかい?」


 興味深そうに見てくるので、食糧事情のことを訊いてみた。


「日に日に厳しくなっていくよ。海も陸も魔物だらけだ。毎日、二、三人は餓死しているよ。食料調達組も五十人いるかどうかだな……」


 それで生き残っていることに驚嘆すべきだろうよ。十年以上、外部から切り離されてんだからな。


「それも終わりだ。あとちょっとでアシッカの道が繋がる。なんなら、生き残りを連れてきてもいいぞ。大抵の魔物は蹴散らしたし、大抵の魔物が襲ってこようとラダリオンが蹴散らすからな」


「アシッカからきたなら要塞はどうした? グロゴールも巣くっているって話だが」


「蹴散らした。要塞に巣くっていたゴブリンも廃村に巣くっていたグロゴールもな」


 信じられないって顔をする兄弟。まあ、無理もないだろう。去年のオレなら大洪水を起こして逃げているところだしな。


「……な、なぜそこまでするんだ……?」


「コラウスは辺境だ。塩がなければ生きてはいけない。それ故にロンレアとは繋がらなくちゃならない。命を懸ける必要はあるだろう?」


 海の近くで暮らしていると塩は身近なものだろうが、内陸部では塩は貴重だ。止められでもしたら命の危機だ。政治的利用されるかもしれない。立場を守り不利な立場に立たないようにするには塩の確保は絶対なのだ。


「……ま、まあ、確かにそうだな……」


 へー。そういうこと考えられる知識があるんだ。この過酷な状況で生き残っているには理由があるってことか。


「兄貴、皆を呼んでくるよ」


「ああ、呼んでこい呼んでこい」


 わかったと、ニックが城門のほうに駆けていった。


「そう言えば、オレの仲間がロンレアにきていると思うんだが、会ったりしているか? 獣人とエルフなんだが」


「いや、見てないな。もしかすると城のほうにいったんじゃないか?」


 城? 


「伯爵様が住んでいる城があるのは半島で、大半の領民はそっちで生きているよ。おれたちは見捨てられた領民だな」


「街に住んでいるのか?」


「ああ。街の中に要塞のような教会があって、そこを拠点にしているよ」


 要塞のような教会? どんな街なんだ?


「何人くらい生きてんだ?」


「三百人いるかいないかだな」


 多いんだか少ないんだか微妙なところだな。


「ラダリオン! ホームからパンを運び出してくれ! あと、なにか鍋料理があったらそれもな!」


 こちらにやってきたラダリオンにお願いした。


「わかった──」


「──え!?」


 突然消えたラダリオンに驚くダイロス。あ、教えてなかったっけ。


「魔法だよ。ゴブリン駆除員だけが使えるな。まあ、気にせんでくれ」


 無茶言うな! ってセリフは受け付けませんぜ。


 シチューが完成した頃、城門から人がぞろぞろと出てきた。


「ダイロス。お前が仕切ってくれ。食料はアシッカからの救援だ」


 ブルーシートを広げたところに巨大化させたディナーロールとバケツサイズになったジャム、そして、ドラム缶四つ分くらいの鍋はコーンスープのようだ。


「皆! アシッカからの救援がきたぞ! たくさんあるから慌てるな! 余ったなら持ち帰っても構わないぞ!」


 なかなか口も上手いヤツだ。


 生き残りはダイロスに任せ、オレはシチューを紙皿に盛ってプラスプーンをつけて配った。


 ここにきたのは約五十人くらいか? 若い者が多い。武器を持つ者もいるので活動部隊みたいな連中なんだろうな。


 腹一杯食べたヤツがディナーロールの袋を担げるだけ担いで街の中に走っていった。


「ニック。これを持っていけ。中身をお湯に入れればすぐに飲めるから」


 ダイロスと一緒に世話をするニックにシチュールーを十箱くらい持たせた。


「わかった。パン、もっと持っていっていいか?」


「あるだけ持っていけ。赤ん坊がいるか? いるならミルク──母乳の代わりになるヤツを渡すぞ。いや、欲しいものを聞いてこい。用意できるものなら用意するから」


 文字を書けるヤツはいるだろう。欲しいものリストを作ってくれたほうが用意しやすいってものだ。


「わかった!」


 元気よく駆けていき、暗くなる頃に法衣っぽいものを纏った老人を連れて戻ってきた。教会の者か?


「初めまして。あなたがタカト様ですか?」


「様はいりませんよ。一介の冒険者でありゴブリン駆除員。アシッカ伯爵の依頼できた者です。でもまあ、好きなように呼んでください」


 この人からしたら見捨てられるは困るだろう。生きるためなら下手に出ることも厭わないだろうからな。


「はい。わたしは、アルセイア教会を預かるカルゼス・ローダと申します。この度は救っていただきありがとうございました」


「礼は受け取りますが、感謝はいりませんよ。こちらも利があって動いていること。あなた方も利のためにオレを利用して生き抜いてください。それはオレのためにもなりますからね」


 すべてはオレのため。あなたたちのがんばりもオレのため。利用されるくらいなんでもないさ。

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