第744話 苦闘苦闘

「ダン。少し早いが、昼飯にしよう。ラダリオン、ホームから料理を運んできてくれ。ビシャはついてきてくれ」


 そう指示を出してロンダグ男爵の家に向かった。


 ロンダグ男爵領も他と同様、村と言った規模で、三百人いるかどうか怪しい感じだった。


 男爵が住む家も他の家と変わらない。寄り子の中でもかなり下のほうだろう。これでは暮らしも大変だろうな……。


「暮らしはどうです? 楽になりましたか?」


 ロンダグ男爵領は農村だ。柵の外に畑を持ち、細々とやっているようだが、魔物に荒らされた様子もない。苦労している感じはなかった。


「ああ。ゴブリンの被害がないからな。それだけでも暮らしは楽になったよ」


「ミヤマランから麦を大量に買いました。これからも流れてくるでしょう。アシッカに野菜を売りにいくといいですよ。あ、これをどうぞ。村の方々に分けてやってください」


 ビシャが持っててくれた塩を男爵に渡した。


 海との道が途絶えたことでアシッカでは塩が高額となり、ゴブリンの襲来でさらに不足になった。


 その前にもアシッカに塩を運んだが、アシッカ伯爵領だけで約五千人。周辺の男爵領を混ぜたら一万人は超える。その人数を充分に支えるとなるとかなりの量となる。それだけの量を運べる商人はアシッカにはいない。村に運ぶ者も少ない。村に商人なんていないからな。


 行商人や奴隷行商団がそれを担うが、ゴブリン来襲でいなくなった。野菜は採れても塩はない。さぞ味気ない食事を強いられてきたことだろうよ。


「感謝する。我が領は特産と言う特産がないのでな」


「街道が復活すれば人の往来も増えます。そうなれば食糧供給が問題になります。今のうちに畑を広げておくといいですよ」


 ロンダグ男爵領の強みと言ったら小川がいたるところに巡っていることだろう。他の男爵領より作物が育てやすいと思う。雪も他より少なかったようだしな。


「タカト殿の言葉には結果がついてくる。その言葉を信じよう」


「こちらも信頼を裏切らないよう努力しますよ。オレも男爵の年まで生きたいですからね。この先、どんな苦難苦闘があったとしても」


 こんな時代のこんな状況で楽に暮らせたわけがない。苦難苦闘の連続だっただろうよ。医療も発達してなくて、栄養も足りてない。それでいて五十年以上生きるのは凄いことだ。


「……マレアット様が信頼するわけだ。人を虜にするのが上手いな……」


「信頼できる人とはなるべく仲良くしたいですからね。下手な裏切りはできませんよ」


 この厳しい世界で誇り高く生きている人なのだ、絶対、味方にするべき存在だ。利用するんじゃなく協力できる関係を築くべきだろうよ。


「もし、この先を知っている方がいたら貸していただけませんか? その方と男爵にお礼はさせてもらうので」


「わかった。なら、息子と兵を何人か出そう。息子はロンレアに何度もいったことがあるんでな」


 横にいた三十半ばくらいの男性に目を向けた。似ているなと思ったら息子さんかい。


「息子のロイスだ」


「ロイス・ロンダグだ。よろしく頼む」


「ゴブリン駆除ギルド、セフティーブレットの一ノ瀬孝人です。ロンレアまでの道を知っている人がいて助かりました。知っている人がいなくて困っていたので」


 アシッカでも捜したんたが、いったことがあるヤツがいなかったのだ。


「ちょうど海神祭のときに魔物が襲ってきてな、アシッカからも多くの人がいっていた。生き残った者はほとんどいなかったよ。おれも熱を出さなければ死んでいたことだろうよ」


「運がよかったんですね」


 羨ましい限りだ。その運にあやかりたいものだよ。


「そうだな。我ながら運だけはいいな」


 ちゃんと自分が見えているんだな。見た目は脳筋みたいなのに。


「いい息子さんをお持ちで」


「もう少し落ち着いてくれるといいんだがな」


 苦笑気味に答えているが、なんとなく嬉しそうなのが垣間見れた。


「次のアシッカを担うには充分だと思いますよ。是非、伯爵様を支える一翼になってもらいたいです。十年後、アシッカは大領地となっているでしょうからね」


 中核都市として大都市になっているだろう。伯爵は三十。ロイスさんは四十代。万全の布陣だろうよ。


「まるで見えているかのようだな」


「目標が見えているだけです。あとは、その目標を叶えるために動くまでです」


 よほどのアクシデントがなければオレが思い浮かぶ未来になるだろう。八十パーセントの自信はある。


「すぐ出れますか? 食料や物資はこちらで用意しますので」


「親父、構わないか?」


「お前がいいなら好きにしろ。ただし、無茶はするなよ。ラグスとマルダはまだ小さいのだから」


「わかっている。生きて帰ってくるさ」


 なんか死亡フラグを立てているような気がしないでもないが、それをへし折るのがオレの責任だ。誰一人欠けることなく戻ってくるさ。


「オレたちは昼にするんで巨人がいるところで落ち合いましょう」


 さすがにこのままっては急ぎすぎるし、家族への挨拶もあるだろう。それからでも構わないさ。


「すまない」

 

 そう言うと家を飛び出していった。


「息子さんは必ず生きて帰すので安心してください」


「なに、本当に運のいいヤツだからほどほどで構わんよ。タカト殿がまず生き残ってくれ。アシッカで一番必要なのは貴殿なのだからな」


 そんな男爵に、黙って頭を下げた。

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