第740話 丸焼き
公爵への説明が終わればブラックリンとマンダリンをホームに片付け、歩いて支部に向かった。
「タカトさん!」
支部の前までくると、コラウスの商人たちが集まっていた。
「まだ残っていたんですね」
もう帰ったと思っていたよ。
「今日帰ってこなければ明日に出発しようと思っていました」
それはナイスタイミング。よくも悪くもオレはタイミングに恵まれてんな。
荷物は広場に移動させてあるってことで、職員との打ち合わせをしたら明日のために早々に休むことにした。
起きたら霧雨だったが、この時代の者からしたら気にもならないようで、出発延期とはならないそうだ。
広場にくると、見送りにきたのか、ノーマンさんがいた。
「ゆっくり話ができなくてすみませんでした」
「次回はゆっくり話せることを願っています。秋にはアシッカにいってみます」
そのときオレはいないと思うが、アシッカはさらに復興していることだろう。伯爵の話を聞いてやってください。
馬車の準備はできているので、ノーマンさんに見送られてアシッカに出発した。
広場までは何事もなく午後一時くらいに到着。だが、雨足は早くなったので、広場で一泊することにした。
「今年は雨が少ないと言ってたが、まったく降らないってことはないんだな」
まあ、こんな日があってもいいだろう。激務の日々だったんだからな。雨を眺めながホットウイスキーをまったり飲む。心が休まるよ。
「タカト、猪がいたから狩ってくるね!」
パイオニア五号の荷台でのんびりしていると、どこかにいっていたメビが戻ってきて、そんなことを口にした。ちなみにビシャは助手席で絵本を読んでいます。誰の影響か、日本語を覚えようとしてるみたいだ。
……オレも見習わんといかんな……。
「なにもこの雨の中やることもないだろう。菓子でも食ってろよ」
「暇なんだもん。いいでしょう?」
「まったく、メビは脳筋なんだから。教養を身につけなさいよね」
脳筋なんてどこで覚えてきたんだか。成長が早い子だよ。
「別にいいでしょう! あたしは文字を見ると眠くなるの!」
ビシャはマーダ似だな。あいつはニャーダ族の中では知的だから。
「まあ、好きにしたらいいさ。熱中しすぎて風邪引くなよ」
「了解! 大きいのを狩ってくるよ!」
バビュンと駆けていくメビ。元気だね~。
「ラダリオンを連れてくるか」
丸焼きはそんな美味いもんじゃないが、ラダリオン的にはご馳走に入るものらしく、好物の一つになっている。雨だからラダリオンもホームに入っているはずだ。
雨のときは無理に駆除をすることはないと伝えてある。きっといるはずだとホームに入ったらやっぱり入っていた。
「ラダリオン。メビが猪狩りに出たから丸焼きにしようと思うんだが、ラダリオンもくるか?」
銃を掃除しているから暇なはずだ。
「うん、いく」
「こっちも雨が降っているからブルーシートでテントを立ててくれ」
「わかった」
立ち上がって用意し始めたので、オレは中央ルームに向かい、タブレットで安ワインを買った。商人たちに振る舞ってやるとしよう。ミヤマランで雇った冒険者も結構いるしな、胃袋をつかんでおくとしよう。
一本三百円の輸入ワインを五十本くらい買い、えっちらほっちら外に運んだ。
「ん? 止んできたな」
遠くのほうで晴れ間がでてきた。この分では陽が暮れる前に止みそうだな。
ライトタワーも運び出し、ラダリオンが立ててくれたテントの下に設置していると、メビが戻ってきた。
「ラダリオンねーちゃん、よかった。デカいのを二匹仕留めたから手伝ってよ」
そんなデカいのがいるんだ。鹿は狩り尽くしたのか?
「わかった」
巨人のまま森に入り、しばらくして巨大な猪を両脇に抱えて戻ってきた。
「タカト。血を抜いて」
マチェットで猪の首を落とし、魔法で血を抜いてやった。
マチェットで内臓を取り、塩を振りかけて丸焼き器にセットして炭火で焼いていった。
「なんか手慣れてんな」
いや、食に関することには天才的な才をみせるラダリオンだから手慣れていても不思議じゃないが、手際がプロっぽかった。
「もう何回もやってるから」
「そう言えば、しばらくラダリオンとゴブリン駆除してないな」
家族が増え、仲間が増えて一緒に行動することもなくなった。一年前のことなのに懐かしいよ。
「そうだね。あの頃食べたすき焼き、美味しかった」
いや、オレとの思い出を強く残しておけよ。
「そうだな。美味かったな」
あの頃は命の危機がすぐ側にあり、食うことが生きている実感をより強く感じられたものだ。
「初心を忘れないために二人で駆除をするか。オレもビシャやメビに頼りっぱなしで駆除をやってないしな」
いつダメ女神に最前線に立たされるかわかったもんじゃない。銃も剣も魔法も中途半端。極めるまでいかなくても体に染みつかせておかないとダメだろうよ。
まあ、その時間があるかどうかだけど。
「いい匂いがしてきたな」
「丸焼きは火加減が大事」
ホットウイスキーを飲みながらシェフラダリオンの腕前を眺めた。
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