第739話 アーリルの刺青

 た、確かに、こんな揺れでは生活するのは大変だろうよ。


「よく正気を保てていたな?」


 乗り物に強いオレでも一日中揺れていたら気が狂いそうになるわ。


「揺れない部屋があるから問題ないわ」


 あるんかい! いや、あるか。でなきゃこんなところで正気なんて保ってられんわな……。


「それは、お前たちだけの部屋なのか?」


「特別な部屋だからね、わたしたちだけよ」


 同情はしないが、レットゴブリンも大変だ。魅了の魔法がなければ反乱でも起こされていたことだろうよ。


「やはり、ペンパールは海に浮かべるべきだな」


 平らな平地ならまだしも山なんて歩かれたら嘔吐まみれになる。ここに住むエルフたちのためにも海に浮かべることにしよう。生活物資はルースカルガンで運べばいいんだしな。


「アリサ。ゴブリンを片付けたらそのまま海に向かえ。揺れが厳しいなら降りて向かっても構わないから」


「わかりました」


「エレルダスさんも辛いときは降りても構わないので。ミサロは動いているときはホームに入るんじゃないからな」


 空間指定なのでペンパールが動いたらなにもないところに出る羽目になる。これは確認済みだから確かだ。


「わかったわ。あと、アポートウォッチを貸してもらえる?」


「了解」


 アポートウォッチを外してミサロに渡した。


「マーダたちはどうする? 海のほうにもゴブリンがいるから駆除してもいいし、戻っても構わないぞ」



 海にいきたいヤツが何人か名乗りを上げているが、先にいっていても構わない。名乗りを上げているのは結構いるからな。


「半分は残って半分はコラウスに戻るよ」


「そうか。なら、ルースカルガンで戻って構わないぞ。オレらも公爵様に事情を話したらアシッカに戻るからな」


 ミヤマランでの仕事(?)は大体終わった。残りは支部の職員たちに任せるとしよう。


「ミシニーはどうする? 先に海にいっていても構わないぞ」


「そうだな。戻るのも面倒だし、残るとするよ。ビシャ、メビ。タカトから離れるなよ。こいつはすぐ一人で突っ走るからな」


「任せて」


「了ー解」


「…………」


 なんも言えないので戻る用意を進めた。


「ラダリオン。夜にはホームに入るからペンパールを頼むな」


「わかった」


 イチゴも残し、オレ、ビシャ、メビでミヤマランに戻ることにした。


 陽が傾いてきたが、最大で飛べばミヤマランまで四十分もかからない。まだ明るさがあるうちに城の中庭に着陸した。


 見張りを立てるようにしたのか、すぐに兵士が駆け寄ってきた。


「セフティーブレットのタカトです。公爵様と面会をお願いします」


「ハッ! こちらへどうぞ」


 さすが公爵。教育が行き届いている。すぐに案内してくれ、控え室で待つこと十分。出されたお茶を飲む前に侍従的な男性が知らせにきた。


 その侍従的な男性に案内され、公爵の執務室に通された。


 ……できる人ってのは本当に迅速だよな……。


「相変わらず仕事が早いな」


 それを一瞬で見抜く人のほうが仕事が早いと思うけどな。


「完璧、とは言えませんが、八割は片付きました」


「この短時間で片付けられたら完璧と誇ってもいいくらいだ。で、どうなった?」


 ホームからホワイトボードを引っ張り出してきて詳細を説明した。


「……上位ゴブリンか。そんなのがいるとは微かに聞いたことあるが、本当にいたとはな。しかも、天使が守護していたとは……」


「この世界、天使とか信じられているんですか?」


 空想上の神を信じているとは聞いたが、天使のことはまったく聞いたことがないぞ。


「この国でないが、天使を信じる国はそれなりにある。民でもいるのではないか? 天使を信じる者はアーリルの刺青を彫ると聞いたことがある」


 ……なんだろう。とてつもなく嫌な予感がするんだが……。


「アーリルとはなんです?」


「春に咲く花の名前だ。青い花びらでそこら辺に咲いている。咲かない場所はないと言われているほどだ」


 それはまた超常的なものを感じるな。なにか目的があって咲いているんじゃないかと邪推してしまうよ……。


「しかし、この世にはこんな生き物までいるのだな」


 公爵にはプランデットを渡し、記録したものを見せています。


「恐らく、エルフが撒いた毒を消すために産み落とされた生物でしょう。エルフの文明が滅んで約五千年。神なら余裕で産み落とせますし、これだけの大きさに成長させられるでしょう」


 この一帯ってわけじゃないだろうから、世界には結構な数のペンパールがいるんだろうよ。


「神が創りし大地か。人とはなんだろうな?」


「それを探して成長するのが人だと思いますよ」


 答えなんて出ないだろうが、未来をつかみたいのなら考えて生きていくしかない。人は人が求められる未来を築いていくまでだ。


「フフ。使徒の言葉は至言だな」


「からかわないでください。オレはただの人ですよ」


 それ以上でもなければそれ以下ない。オレは普通の人間で普通の男だよ。


「知らぬは本人ばかりか。いや、それがお前の強みなんだろうよ」


 公爵の苦笑いにどう返していいかわからず、こちらも苦笑いで返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る