第682話 奇跡はある

 非常扉を潜ると、円筒形の機械が二ついた。


 すぐにライカがP90を構えてわたしの前に出た。


「大丈夫ですよ。管理者番号を承認させましたから」


 プランデットがもう魔法の杖に見えるわ。


 二体の警備兵はエレルダスさんの前にくると、くるんと回り、背中のハッチを開いた。


「もらいますね」


 コンテナボックスからマナックをつかみ取ると、警備兵にマナックを入れた。


「警備兵にもマナ・セーラが積んであり、予備の発電機となるんですよ」


 次々と警備兵がやってきてマナックを補給していくと、通路に灯りが点いた。


「まずは地下六階に向かいます。そこにマルディーク──発電機があります」


 非常階段から地下六階を目指した。


「器用な警備兵ですね」


 壁を走る警備兵。どうやって壁に引っ付いているのかしら?


「そうですね。よくアルセラに壊されなかったものです。他にもあるなら持ち出しましょう。館の警備にも使えますしね」


「マナックの消費が大変そうですね」


 エレルダスさんたちが眠っていたところでマナックを補充できたけど、ルースカルガンを飛ばすのに百個単位で消費する。あちこち飛んでいたらすぐなくなるでしょうよ。


「魔石をマナックに変換できる装置が地下六階にあるはずです。マナックは地上に出るために造られたものですからね」


「そもそもエレルダスさんはどうして地下に住むようになったんです?」


 わざわざ地下なんて不便なところに住まなくちゃならない理由が思いつかないわ。


「エルフにだけ通じる毒が世界にばら撒かれたのです」


 なんでもエレルダスさんが生きていた時代から五百年前に大規模な戦争が始まり、何億ものエルフが死に、生き延びた者は地下に都市を造ったそうだ。


 だけど、さらにアルセラの反乱やらいざこざにより都市間戦争になり、徐々に滅んでいき、エレルダスさんたちは未来に希望を託して眠りについたそうだ。


「……奇跡、と言うものはあるんですね……」


 万感の思いが詰まった言葉だった。


「希望を夢見て眠りについた。ですが、そんなものはないと、心の大半を絶望が占めていました」


 先を下りるエレルダスさんが止まり、こちらに振り向いた。


「神になど感謝したくはありませんが、目覚めたとき、タカトさんを見て、話してみて、つい神に祈りを捧げてしまいました」


 自嘲気味に笑うエレルダスさん。


「あの方は、奇跡みたいな存在ですね」


「それはわかります。わたしもタカトさんに救われましたから」


 短い人生を振り返ると、すべてがタカトさんと出会うために流れていたんじゃないかと思う。


 それなら神を呪いたくなるのに、タカトさんと出会えたことに後悔はないし、エレルダスさんのように神に祈りたくなったものだわ。


「女神が仕組んだでしょうが、それでもタカトさんが選んでいかなければわたしたちが目覚めることはなかったでしょう」


 それもわかる。わたしの場合は女神からの誘導はなかったけど、タカトさんがわたしを見つけてくれ、わたしを選んでくれたのだ。両脚もなく、薄汚れ、大した魔法も使えないのに、だ。


「あの方は人の本質を見抜くのに特化しているのでしょうね。あれだけ多種族がいながら纏まっているのが不思議でしかありません」


「その辺もタカトさんの凄いところだと思います」


 駆除員もよく考えられていると思う。


 ラダリオンを仲間にしたのは偶然(と最近は思えなくなっているけど)だとして、わたしを仲間にすることで人間を軽視してないことを示し、ミサロで種族に関係ないことを知らしめた。そして、雷牙で女だけを囲っているんじゃないと知らしめた。


 本当ならカインゼルさんやビシャとメビを入れるべきなのに、それをしなかった。


 まあ、タカトさんの優しさもあるけど、タカトさんはちゃんと駆除員にするべき者を考えているのだ。


「あの方は組織というものをよくわかっているのでしょうね」


 そう言って階段を下り始めた。


「人間の社会で巨人、エルフ、獣人、ドワーフを上手く配置し、それぞれの種族から嫌われないよう種族の思いに応えている」


 ラダリオンがいることで巨人からの支持を得られ、ビシャとメビを優遇することでニャーダ族の信頼を得ている。二百年前にいた駆除員と過ごしたエルフにも情と利を見せて仲間に引き込んだ。


 ドワーフには庇護を与え、土地を与え、明日を与えた。ロズたちにはなにかあれば命を懸けて助けにいくと言い切るほど。不遇な立場の者にあんなこと言うなんて卑怯だと思うほどだ。あれはもう自分が救世主だと言っているようなものだわ。わたしがドワーフのところにいたのはそれを落ち着かせるためだ。


 ……タカトさんは劇薬だ。どこかで薄めないと種族間戦争に成りかねないわ……。


「タカトさんはわたしたちにとっても奇跡のような存在です。それを失わせることはあってはなりません。あなたに約束します。わたしたちはタカトさんを害することはありません」


 わたしに、というところがエレルダスさんに勝てないと思うところだ。わたしは、タカトさんを害なす者は許さない。たとえタカトさんから憎まれようが、わたしはタカトさんを守ると誓ったのだから……。


「……そうであることを願います」


 わたしが信じるのはタカトさんだけ。それ以外の人に情を許すことはない。


「あなたはそれでいいわ。それがあなたの役目なんですから」


 この方は、その役目を果たせるよう教育しているんだと理解した。 

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