第655話 萬田家

 マルデガルさんの実家はすぐにわかった。


 町の北西側にあり、塀がなんとなく日本っぽかったのだ。もうここでなかったらどこだよ? ってレベルだ。


「表札までかかってるし」


 誰に示すためにかけてんだ? 萬田なんて日本人にしか──あ、日本人に向けてかかげているのか。オレもすぐわかったし。


「駆除員って、なんか飛び抜けたヤツばっかりだよな」


 意図的か? それとも異世界につれてこられて弾けたのか?


「立派なものだ」


 門がやたらと頑丈そうに建てられているよ。


 リハルの町は何度か魔物の大群に襲われたって話なのに、よく残っているものだ。なんか魔法でもかけられてんのか?


 門は開いているが、門番らしき者はいない。入っていいものなのか?


 迷っていたら中から品のよさそうな老婆が若い女と出てきた。


「なにかご用で?」


「あ、一ノ瀬孝人と申します。ここは萬田さんのお宅でしょうか?」


 表札をかけてんだから萬田さん宅で間違いないんだろうが、マルデガルさんからこの世界での姓は聞いてなかったよ。


「……イチノセタカト……」


「萬田光一さんと同じ世界から女神に連れてこられた者です」


 てか、マルデガルさんから説明されてないのか?


「マルデガルさんは帰ってないのでしょうか? ご実家で会う約束をしていたのですが……」


「ハァー。あの子はまったく……」


 あの子? マルデガルさんの母親か? にしてはそれ以上に見えるんだが。


「わたしは、萬田久恵まんだひさえ。表の名前はライザ。光一のひ孫に当たります」


 ひ孫? つまり、直系ってことか?


「ライザさんとお呼びしたほうがよろしいですか?」


「はい。萬田久恵は一族で使われる名前。ライザとお呼びください。モラ。悪いけど、急用ができたことを伝えてきて」


「はい。大奥様」


 大奥様ってことはマルデガルさんの祖母みたいだな。


「イチノセ様。どうぞ中へ。マルデガルを呼びにいかせますので」


 なんだか逃げたい気持ちでいっぱいになるが、また今度! なんて言える空気でもない。ライザさんのあとに続いて門を潜った。 


 中も中で凄いこと。どこぞの武家屋敷だよって造りだ。数年しか生きられなかったのに影響力が凄まじいな。オレ、元の世界のこと、なにも広めてないよ。


 ってまあ、影響を与えにきたわけじゃないんだから気にする必要もないか。オレの目標は老衰で死ぬことなんだからな。


「大奥様、忘れ物ですか?」


 建物に入ると、中年の男性が玄関を掃除していた。


「いえ、お客様よ。マグレクスを奥に呼んでちょうだい。イチノセ様。靴はそこで脱いでください」


「土禁にしているんですね」


 土間、って言うのか? 高さ十五センチの石が置かれており、そこで靴を脱ぐようだ。


 ライザさんも脱ぎやすい靴であり、掃除していた男性が手を貸して靴を脱いで家に上がった。


 オレはタクティカルブーツなので床板に座らせてもらい、紐を緩めてから上がらせてもらった。


 ホームでも中央ルームに入るときは靴を脱いでいるが、日本家屋っぽいところに入ると懐かしい気持ちが自然と湧いてくるな……。


「どうかなさいましたか?」


「いえ、懐かしいな~と思いまして」


 古い家であり、こんな日本家屋っぽいところに住んだわけでもないのに懐かしさに心を締めつけられるのだ。


 ……空気が日本っぽいからなんだろうな……。


「光一さんの趣味ですか?」


 昭和初期の田舎っぽい感じだが、セフティーホームの家電からして光一さんは平成半ばくらいを生きていた人だ。たぶん、三十半ばくらいだと思う。かなり大きいDVDデッキがあったからな。


「いえ、亡き父の趣味ですね。曾祖父が残してくれた絵から考えて造りました」


「なるほど。光一さんはよく考えて準備金を使ったみたいですね」


 オレは準備金十万円だったが、山崎さんや光一さんは、準備金一千万円だ。この世界で生きていけるようにと本や野菜を持ち込んだんだな。


「畳まで作ったのか」


 とおされた部屋は日曜日の夕方にやっていたアニメ(海産物系)の居間のようだ。


「丸テーブルとは。念が入っているな」


 ふふ。光一さん、絶対、昭和生まれの人だ。


「お座りください」


 座布団を出してもらったところに正座で座る。なんだか親戚んちにきた気分になるな。


「粗茶でございます」


 と、三十歳くらいの女性がお茶を出してくれた。


「マルデガルさんの妹さんで?」


 なんとなく顔が似ている。


「はい。八人兄弟の一番下になります」


 八人も兄弟がいるんかぁーい! 昭和か!


 妹さんはすぐに下がり、ライザさんと部屋に残されてしまった。気まずっ!


 なにか話題を振ったほうがいいんだろうかと考えていると、白髪の六十過ぎくらいの男性が現れた。


「母上、如何なされましたか?」


「光一様と同じ世界からきたイチノセタカト様です。貞一に会いにきたそうです」


「あのバカ、帰ってきているのですか!?」


 父親からバカ扱いとは。まあ、わからないではないな。アウトローな性格しているしな。


 ……家族はお堅い人たちばっかりだけど……。


「一ノ瀬孝人です」


 たぶん、現当主っぽいので背筋を伸ばしてお辞儀した。


「やはり、光一様と同じ世界の人。お辞儀がしっくりきますな」


 そ、そうか? 


「あなたのことは耳にしておりました。わたしは、一族名は一也。表名はマグレクスと申します。リハルの町を纏めております」


 纏める? ってことは町長ってことか? てか、町長とかいたんだ!


 ───────────────


 萬田、まんだ、マンダ、マーダ。マーダ族。はっ!

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