第654話 産めよ育てよ

 目覚めたら草の上だった。


「……あ、涼みにきてそのまま寝落ちしたんだったっけ……」

 

 最近、酔い潰れてばかりだな、オレ。ここら辺で気を引き締めんとアホな失敗を起こすぞ。


 水を取り、一気に飲み干した。


「死屍累々だな」


 さすがのニャーダ族もバカみたいに飲めば倒れもするか。


 ホームに入り、熱いお湯を浴びて目を覚ました。


「あ、ミサロ。ありがとな。ニャーダ族の連中も喜んでいたよ」


 外に出ていたミサロが中央ルームに入ってきた。


「それはよかったわ。今日はどうするの? わたしは、サツマイモを植えたいから午前中は外にいたいのだけれど」


「マルデガルさんの実家にいくよ」


 実家はリハルの町にあるそうで、町一番の家だからすぐわかるそうだ。


「わかった。一応、昼には入ってくるわ。朝は鍋から好きに取ってね」


 なにかまた厨房が拡張されてないか? まあ、とんでもない人数の料理をお願いしているんだからこれくらいないと無理なんだろうよ。


「一人でやらせて悪いな。どこかでアルセラを見つけたら家事補助にするよ」


 万能機だからな、料理も覚えるだろうよ。


「ええ。楽しみにしているわ。下拵えだけでもやってもらえたら助かるしね」


 これは早めに見つけないとならない案件だな。


 今はまだ食欲がないので軽装備で外に出た。


 女たちが旦那を回収にきたのか、酔い潰れた男を引きずって集落に向かっていた。


 ……種族に関係なく嫁さんは強いな……。


「あ、タカト、おはよー」


 片付けられる男たちを眺めていたらメビがやってきた。


「おはようさん。集落はどうだった?」


 女たちにもメビを通して酒と料理を渡した。ニャーダ族はまだ男は男同士で、女は女同士で騒ぐみたいなんでな。


「うん。喜んでいたよ」


「それはよかった。メビたちの母親を呼び戻すか?」


 メビたちの集落の者は館に住んでいる。こちらがコラウスの領地となったなら故郷で暮らすほうがいいんじゃないか?


「かーちゃんたちは、館の暮らしに慣れたから戻らないんじゃないかな? あっちは狩りをしなくても暮らせるし、着るものも上等だからね」


 都会の暮らしに慣れて田舎に戻りたくない感じか? オレはそこそこの地方都市だったからそういう心理はわからんけどよ。


「まあ、暮らしに慣れたのならよかった。オレはリハルの町に向かうが、メビはどうする?」


「タカトといくよ。ここに残ると結婚を勧められるから」


 人間の歳で言えばメビは十四、五。食事がいいから体格も他の年代よりは育っている。ニャーダ族の男女差がどんなもんかわからんが、子供が産めると思われたら結婚を勧められることもあるだろうよ。


「ニャーダ族は子供を産むのも早そうだな」


「そうだね。あたしらくらいで結婚するのも珍しくないよ」


 元の世界でも昔はそんなことがあったって聞いたな。晩婚化が叫ばれている時代で生きてた者としては理解できんよ。


「まあ、ニャーダ族もそのうち増えていくだろうさ」


 晩婚化になるのはまだ遥か先。二十世紀くらいの文明文化にならないと起こらないだろうよ。そうなったらダメ女神が世界を滅ぼしそうだな。


「マーダたちは……まだ起きそうもないし、そのままにしておくか」


「とーちゃんたちも羽目を外せていいんじゃない。女たちにもモテてるし」


 そうしないと種が維持できないんだろうが、オレには理解できんよ。


 倫理観の違いをどうこう言うつもりはない。産めよ育てよ地に満ちよ、だ。


「挨拶はいいか?」


「大丈夫。知り合いも友達もいないしね」


 ゴブリン駆除に捧げる人生にさせたくはないが、友達とわいわいやっているゆとりもない。せめて食うに困らない人生にはしてやらんとな。


 ホームからブラックリンを出してくる。


「長老。領主代理にはあなた方の暮らしを変えないように伝えましたが、時代は変わっています。もう森の中で怯えている時代ではありません。少しずつ外の世界を学んでください」


 もう今日と同じ明日はやってこない。知らない明日がやってくる。生き残りたければ状況に合わせていくしかないのだ。なんて、この世界に連れてこられてから学んだオレが言えたことじゃないがよ。


「はい。わしには無理ですが、若い者には古い考えを押しつけたりはしません」


 この長老とはあまり話してないが、なかなか優秀な人のようだ。もっと話を聞いておくんだったぜ。


「また、酒でも飲みましょう。それまで生きててくださいね」


「ええ、お待ちしております」


 苦労を重ねた顔をさらにクシャクシャにして微笑んだ。


 オレもこんな笑い方ができるまで生きたいものだ。きっと満足して死ねるだろうよ。


「では」


 ブラックリンに跨がり、その後ろにメビが乗り込んだ。


 ゆっくりと飛び立ち、ニャーダ族の集落上空を二回ほど旋回したらリハルの町に機首を向けた。


 天気もよく風もないのでリハルの町まではなんなく飛び抜け、カインゼルさんの気配に向かった。


「かなり進んだみたいだな」


 山から水路が伸びている。やはり数は力だな。


「メビ。悪いが、カインゼルさんのところにいってくれるか? これまでのことを簡単に説明してくれ」


 カインゼルさんと離れてからいろいろあったからな。ざっとならメビでも話せるだろうからな。


「了解。でも、離れるときは声をかけてね」


「ああ、約束するよ。そろそろアシッカにいこうと思うからな」


 まったくゆっくりできなかったが、そろそろ海へいって水の魔石を調達したい。次、なにか起こる前に手札を集めておくとしよう。


 ブラックリンをカインゼルさんの近くに降ろし、軽く挨拶してからリハルの町に向かった。

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