第653話 イチノセ

 ほんと、飛行機とは偉大な乗り物である。数十キロの距離を分単位で移動できているよ。


 ニャーダ族にいくことは伝えてないが、ルースカルガンは山頂で見ている。集落にも伝わっているだろうと信じて集落からちょっと離れた場所に着陸した。


「メビ。集落に伝えてくれ」


 大人しくしていましたが、メビもルースカルガンに乗っていましたよ。 


「了ー解!」


 メビが長老たち主要メンバーを連れてくる間に草刈りするとしよう。


「アリサ。やるぞ」


 あ、アリサたちエルフも乗っていましたから。


 エルフたちに火の魔法で草を焼いてもらい、オレが水の魔法で飛び火しないよう燃やしたところにかけていった。


 いい感じに会談の場ができたのでブルーシートを敷き、ジョイントマットを連結させていった。集落のニャーダ族は椅子とか座らないんだよ。


「領主代理は椅子にしますか?」


「わたしだけ椅子は印象が悪いだろう。直に座る」


 うーん。もうちょっと考えてくるんだった。会談とかやったことなかったから不備だらけだぜ。


「ん? マーダたちか?」


 あちらこちらから請負員の気配が集まってくる気配を感じた。


 飲み物は葡萄ジュースでいいだろう。山葡萄を食べるみたいだしな。下手に紅茶とかコーヒーを出すよりはいいだろう。


 しばらくしてマーダたちが先に現れた。


「なにかあったのか?」


「コラウス辺境伯領主代理様を連れてきた。ニャーダ族をコラウスの領民と認めるためにな」


 ニャーダ族がコラウスの民となることは認めさせたが、ニャーダ族の支持を領主代理に向かせるために連れてきたのだ。


「タカト! 連れてきたよ!」


 メビが長老格の面々を連れて戻ってきた。


 ブルーシールに上がってもらい、コラウス辺境伯の領主代理であることを長老たちに教えた。


「わたしは、ミシャード・ミシェッドだ。タカトからニャーダ族をコラウスの民として受け入れて欲しいと願われた。それに、間違いはないか?」


「はい。お願いします」


 ニャーダ族で意見を纏めたようで、即座に答えた。


「わかった。ニャーダ族をコラウスの民として受け入れよう。役人を寄越す。詳しいことは役人と決めよ。コラウスの民である限り、ミシャード・ミシェッドがお前たちを庇護しよう」


「ありがとうごぜいます」


 頭を下げる長老たち。表情から屈辱は感じてはいないようだな。


「タカト。悪いが、ニャーダ族との間はセフティーブレットが繋いでくれ。よいか?」


「はい。お任せください。セフティーブレットが領主代理様と繋がるよう働かせていただきます」


 ニャーダ族はセフティーブレットが面倒見るってことは、ニャーダ族が領主代理の手駒となると言うこと。他の者の命令は聞かないってことだ。


「では、ニャーダ族──いや、コラウスの民として領地発展のために力を貸してくれ」


 立ち上がり、ルースカルガンに乗り込むのをニャーダ族たちと見送った。


「エレルダスさん。あとをお願いします」


「ええ。お任せください。しっかりミシャード様を補佐しますよ」


 あれしろこれしろとは言ってないが、オレの考えを的確に見抜いているし、領主代理とも馬が合っている。いい関係が築けるだろうよ。


 ルースカルガンがゆっくりと離陸し、街に向かって飛んでいった。


「この地はコラウス辺境伯領となりました。ここを侵略するということはコラウス辺境伯に牙を向くのと同じ。襲う者はコラウスの法の下撃退してください。コラウスに巣くうゴブリンは女神セフティー名の下、セフティーブレットが撃ちます」


 ダメ女神の名を使うのは癪だが、利用できるものは利用すると、セフティーブレットのギルドマスターの名においてニャーダ族の前で宣言した。


「今日、このときよりこの地をイチノセと名づける」


 これはオレが考えたわけじゃなくエレルダスさんが考えたことだ。


 女神の使徒たるオレの姓を名づけることにより、重要な地であるとニャーダ族に知らしめ、誇りを持たせることを目的にしている。


 ……未来、新たな駆除員がこの地に降り立ったとき、どう思うだろうな……?


「反論は?」


「ありません。今日よりこの地がイチノセであることを子々孫々にまで伝えます」


 この地にオレがいた証になるのか。光一さんはこんな思いで元の世界の名前を残してきたんだろうか? 自分はここにいたんだって……。


「領主代理が役人を送り込むまで新たな代表を選んでおいてください。しばらくはこの暮らしが続くでしょうが、いずれここは大きな町となる。あなたたちの孫が安全に暮らせる町にね。そのときのために少しずつ外の世界を学んでください」


 このままの暮らしを続けたいだろうが、もう過去には戻れない。未来に向かうしかないのだから自分たちが暮らしやすい町にするしかないのだ。


「まあ、難しい話はまた今度だ。新たな名を得た祝いをしようじゃないか!」


 酒を次々と取り寄せた。


「オレの奢りだ、今日はぶっ倒れるくらい飲め! 腹がはち切れるほど食え! 今日がニャーダ族新生のときだ!」


 この時代なら酒を飲ませ、食わせることが信頼を勝ち取る最善の手段だろう。ケチることなく酒を、料理を運び出し、集落にいる者をここに集めさせた。

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