第651話 組織

 やはり、エレルダスさんは酒豪バケモノだった。


 飲む量もアルコール度数も関係ない。いったいその細い体のどこに消えるのか、飲むペースが止まることはなかった。


「アハハ! いい飲みっぷりだ!」


「ミシャード様もいい飲みっぷりです!」


 飲兵衛に理屈はいらない。その飲みっぷりで友情を深めているよ。


 ……巨人になれる指輪をして正解だった。これがなければ一時間もしないでぶっ倒れていたよ……。


 エレルダスさんのペースに釣られてか、領主代理の飲むペースがいつもより上がっている。いや、それはオレも同じか。巨人になれる指輪のお陰で酔うこともなく、口が飽きないようワインを飲んだりウイスキーを飲んだりしているんだからな。


 領主代理は酒が入ると笑い上戸になり、エレルダスさんの昔話を聞きながら笑っていた。


 エレルダスさんは酔っているのか酔ってないのかわからないが、楽しくしているのはわかった。この人、酔うと語り上戸になるんだな……。


 巨人になれる指輪を嵌めているが、部屋に充満した臭いで酔ってきた。臭いはエネルギーに変換できないのか?


 底が抜けたバケツのように飲む二人に付き合い、気がついたら床で目覚めた。


「起きましたか」


 気持ち悪いのを堪えて起き上がると、エレルダスさんが長椅子に座って日本酒を飲んでいた。


 ……どんだけバケモノなんだよ、この人は……。


「まだ飲んでいたんですか?」


「ええ。美味しいお酒はいくらでも飲めます」


 質量的におかしいでしょう。最低でも百リットルは飲んだぞ。どこに消えてんだよ? 


「あなたが嵌めている指輪と同じです。お酒を魔力へと変換しています」


 右手の中指にしている銀の指輪を掲げてみせた。


「エルフに取って魔力は生命の源。眠っていた間に失った魔力をいただきました」


 あなたの場合、酒は生命の源。抜け切ったアルコールを摂取しました、でしょうよ。


「一人負けは領主代理だけですか」


「いえ。ミシャード様はエルフの血が流れています。摂取したものを魔力に変換できる機能を受け継いでいるのでしょう」


 はぁ? 領主代理ってエルフの血が混ざってたんかい。いや、エルフと人が交配できるから不思議ではないけどさ……。 


「その領主代理は?」


「今日に残したくないと部屋に戻りました」


 ってことは、日付が変わる前に戻ったってことか。いや、それから飲んでんのかい、あんたは! 今、朝の五時だぞ!


「あなたが生きた時代が羨ましいです。わたしもそんな時代に生まれたかった」


 未来は希望に満ちている。ってならない未来も悲しいものだ。オレも二十七歳を越した辺りから未来に希望なんてなかったけどな。ただ、毎日を生きていただけだ。


「……悲しいかな、この世界にきてから生きていると実感していますよ……」


 酒もこの世界にきてから高いもの、美味いものを飲めるようになった。ビールが何倍も美味いと感じられるようになったものだ。


「ふふ。そうですか。わたしも実感したいので、あなたのところで雇っていただけませんか? 倉庫のものはすべてあなたに謙譲します」


「同胞を捜しにいかなくていいんですか? 恐らく、エレルダスさんたちのように眠りについた者がいるんでしょう」


「いるでしょうし、目覚めた者もいるでしょう。ですが、同胞と言うだけで同志と言うわけではありません。価値観の違う者と合流する気はありません」


 そこはその時代の価値観だろうな。なら、オレがどうこう言うつもりはない。


「わかりました。セフティーブレットに入りたい者はすべて受け入れます。ただ、領主代理のほうにも人を回してください」


「ええ。もちろんです。四人をミシャード様につかせます。あの方がわたしたちの、いえ、あなたに取っても命運を握る方ですからね」


 やはり集団を纏めていた人は違うな。


「エレルダスさんの時代も同胞との戦いをなくすことはできませんでしたか」


「悲しいことです」


 まったくだ。こっちはゴブリン駆除だけて忙しいってのに、他のことまでやらなくちゃならないとか勘弁して欲しいぜ。


「あなたは政治家向きですね」


「オレは元工場作業員。誰かの上に立つ器もなければ能力もありませんよ。エレルダスさんが上に立つならオレは喜んで下につきますよ」


 組織のトップにいたならすべてを任せたいくらいだ。一つの駒として動かしてくれて構わないよ。


「……異なる考えがある種を纏めあげている。それだけであなたは上に立つ器があり能力がある証拠です。あなたに足りないのは、いえ、持ちたくないのは責任でしょう」


「……そう、かもしれませんね。オレの手は二つだけ。守る数も決まってきますから……」


 オレが守るべき存在はホームにいる五人。いざとなれば他は捨てる覚悟だ。


「持ちたくないと言いながらあなたは抱え込んでしまう性格をしている。難儀だとは思いますが、それ故に周りの者はあなたのところに集まってくる。自分でもわかっているのでしょう?」


「…………」


「わかっているからこそ、あなたは組織を築こうとしている。裏から表の政治を操ろうとしている組織をね」


 ……この人、完全にオレを見抜いていやがる……。


「いいとわたしも思いますよ。是非、わたしにも手伝わせてください」


 初めて、感情のある笑いを見せた。

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