第619話 ルール

 嘆きの洞窟はこの集落から歩いて一日の距離らしい。


 遠いじゃん! と思ったが、ニャーダ族の感覚や脚では山一つ分の距離らしく、子供でも難なくいける場所らしい。


 ただ、少し前までモクダンが巣くっていたそうだ。


「モクダン、どんな魔物だっけ?」


 未来から起源を調べにきたピンクの獣じゃないのは覚えているが、どんな姿していたか完全に忘れたわ。


「猪の顔を持つ人型の獣であり、女にも手を出す困った魔物でもある」


 と、マーダが教えてくれた。


 あーそうそう。エロ豚のオークだったっけ。去年のことなのに遠い昔のような気がするよ。


「ゴブリンに追われてしまったか?」


「そうだと思う。ゴブリンはモクダンの子を拐うからな」


「あの害獣はどの種族にも迷惑をかけるな」


 さすがダメ女神が適当に創造した種。最悪の性格が如実に受け継がれているよ。


 道中、これと言った魔物の襲撃はなく、赤茶色の狼が遠くからこちらを見るくらい。X95で撃ってやったら逃げていったよ。


 昼を挟み、なんだか溶岩が固まったような岩が現れてきた。


「この近くに火を噴く山があったりするのか?」


「煙を噴いている山ならあるぞ」


 口伝に残らないくらい昔から噴火は行ってないってことか。


「地面が揺れたことは?」


「地面は揺れんだろう」


 地震もないのか。休火山ってことなのかな?


 まあ、それなら山を噴火させた駆除員みたいなことはならないな。ゴブリンを駆除するために何百万人も巻き込むとかオレにはできねーよ。マッハで胃に穴が空くわ。


「……なにか、女神様からの神託があったのか……?」


「いや、昔の駆除員がゴブリンの女王や騎士を倒すのに火を噴く山を爆発さたそうだ。その際、人間の国が一つ滅んだそうだ」


 それしか手がなかったんだろうが、自分まで死んでちゃ世話ないわな。オレなら大事な人を連れて逃げる選択を選ぶだろう。まあ、その前にゴブリンが増えない状況を築くがな。


「……お前はやらないよな……」


「ここでやっても意味はないし、領主代理とは友好関係は結んである。その意味でもここに町があるほうが都合がいい。数が揃えばその前兆は現れるし、集まったのなら真っ先に狙うのは都市だ。コラウスとの関係があれば食料の心配もない。それに、この人数でも四千匹のゴブリンでも一日で駆除できた。なら、町ができるほどの数が集まれば一万でも倒せるってことだろう?」


「…………」


 なんと言っていいかわからないマーダ。だが、オレの言ったことは理解できているはずだ。自らの力で四千匹のゴブリンと戦ったんだからな。


「何事も備えることが大事であり、周りの状況や情報に目や耳を傾けておくことだ。いつまでも山の中で暮らしていては人間の家畜になるか滅びるだけだ。嫌なら自分たちが生きられる環境を築け、だ」


 環境に適した者が生き残る。それは正しいだろう。だが、オレは適した環境を築くほうが生き残れる確率は高いと思う。答えはオレが老衰で死んだときに証明されるさ。


「必要ならオレの名前を使え。女神の使徒に勝る説明はないだろうからな」


 オレは神などクソ食らえだが、ここで生きる者は神を身近に感じている。なら、遠慮なく使ってくれて構わない。


「まあ、すぐに変われと言って変わることができたら苦労はしないわな。セフティーブレットの一員であることを利用しろ。お前にニャーダ族の集落にセフティーブレットの支部長を任せる。巨人と一緒に拠点を築けば自然とそこが町になり、自然とお前が町の代表となる。幸せに暮らしている横で、これまでの暮らしをしていたいってヤツはどれだけいるかな?」


 一度贅沢を覚えたら昔のように暮らせるヤツはいない。それがニャーダ族でもな。絶対、贅沢を求める。


「……お前なら王にでもなれそうだな……」


「今でも苦労しているのにさらに面倒なことやっていられるか。マーダが王になりたいってんならオレが全力で王にしてやるぞ。妻を何人も娶って、高いところに座って美味い酒を飲ませてやるよ」


「それは傀儡だろう」


 へー。難しい言葉を知っているじゃないか。


「そんなのおれの性分ではない。最前に立っていたい」


「偉くなるということは前に立てなくなること。嫌なら後ろにいてくれる者に全力で任せろ。少々の難題くらい笑って聞いてやれ」


 領主代理はおっかない人だが、後ろを任せられる人物なのは間違いない。まあ、本人は前に立ちたい性分だが、後方で指揮するのも長けている。なら、利用もされてやるし融通も利いてやる。毎日、酒でも飲まないとやってられない仕事量をこなしてくれるんだからな。


「人間は地位を与えたらそういう面倒なことをやってくれる習性がある。後ろに立ちたくないなら立ちたい人間を連れてこればいい。脇はニャーダ族で固めれば悪いこともできないだろうさ」


「……お前は、案外悪どいことを考えるんだな……」


「基本、人間は悪どいんだよ。それを知った上で利用しろ。爪や牙がどんなに鋭くても知恵がある生き物には勝てないんだよ」


 チートを持った勇者が負けているのが証拠だ。正しい力は正しい知恵があってこそ活かされる。


 もし、チートに反対語があるならオレはルールだと思う。


「悪いヤツには悪いヤツなりの決まりがあり拘りがある。それを見抜ける知恵を身につけろ。それまでは爪を隠していろ」


 こんなクソな世界でもルールはある。なら、ルールを制した者が勝者だ。

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