第572話 狂気

 暗くなる前に陣が完成した。


 まあ、陣と言っても単管パイプで組んだもの。ゴブリンが押し寄せたら一溜りもないだろう。これは職員たちの恐怖を和らげるもの。守られていると安心させるためのものだ。どうせ近づけさせなければいいんだからな。


「ゴブリンの数は約二千。集まってきたところを全員で一斉射で薙ぎ払う。これで五、六百匹は削れるだろう」


 密集しすぎると団子になって後方にいるゴブリンまで届かないのだ。


「ガルダとサナタはなるべく遠くを狙って分断しろ」


 三メートルの単管パイプを立てて櫓としている。二人に上がってもらい、団子にならないよう隙間を作ってもらうのだ。


「ミリエル。山はどうだ?」


 マンダリンに跨がり、上空で監視しているミリエルに通信した。


「少しずつ山を下っています」


「動いていない集団はいるか?」


 首長が立ったなら見渡せる位置にいるはず。なら、動いていない集団がいたらビンゴってことだ。


「いました。山頂付近にいる八十匹ほどの集団がまったく動いていません」


「それはミリエルに任せる。眠らせるなり吹き飛ばすなり好きにしていい。ただ、首長だけは殺すなよ。確認したいことがあるから」


「わかりました。任せてください」


 通信を切り、熱反応センサーに切り替えて山を見た。


 確かに少しずつ山を下っている。人間にバレないよう忍び足で近づいているのか?


「夜襲なんてできるんだな」


 いや、本来、夜襲をする害獣なのか。気配がわかるだけに夜襲しているなんて考えもしなかったよ。


「気配がわかるのも問題だな」


 まあ、わからないよりはいっか。駆除しやすいんだからよ。


「ご隠居様。村に戻るなら今ですよ」


 最前線に立つような性格をしているとは思ったが、まさかこんな防御力弱の陣に入るとは思わなかったよ。どんだけ豪胆なんだよ?


「構わん。負ける気はないんだろう?」


「ありません」


「なら、ここでいい。それより、わしにもやらせてくれないか? 見ているだけではつまらん」


 ハァー。戦争を経験した人は皆過激で困る。まあ、なにも知らないバカよりはマシだけどさ。


「では、ゴブリン駆除請負員にします。やるからには稼いでください」


 請負員カードを発行し、請負員とした。


「ダリ。場所をご隠居様に譲ってやってくれ。あと、補佐をしてくれ。オレの銃を使っていいから」


 VHS−2Dグレネードランチャーつきを取り寄せ、ダリに渡した。


「いいんですか!?」


「構わんよ。使ってくれ」


「ありがとうございます!」


 そんなに嬉しいのか? アサルトライフルなら撃ったことあるだろうに。


「ご隠居様。ダリの指示に従ってくださいね」


 銃座に固定したMINIMIなので、前に構えて撃っていれば危険はないが、一応、ダリに見ててもらうとしよう。


「ああ、わかった。ダリ、頼むぞ」


「は、はい! お任せください」


 MINIMIの扱い方はダリに任せ、オレはRPG−7を用意する。


 なんだかんだでRPG−7ってあまり撃ってないんだよな。確か前に撃ったのロースランの棲み家だったような? 三発撃ったかどうかだ。今後のためにも練習しておかないと。


 他のところで使ってないので発射器を三基と弾頭をホームから運び出し、発射器に弾頭を装填した。


 発射のシミュレーションをしていたら、山からゴブリンの遠吠えが上がった。くるか?


 遠吠えに応えるようにあちらこちらから遠吠えが上がった。初めてのパターンだな。特異種が率いているのか?


「イチゴ。処理肉を投下しろ」


 上空にいるイチゴに命令する。


「ラー」


 上空三百メートルくらいから焼き肉のタレを染み込ませた三十キロの処理肉を投下させた。


 ゴブリンに焼き肉のタレが好むかはわからんが、これも試しだとやってみたのだ。


 前方二百メートルくらいの場所に処理肉が激突。処理肉が散らばった。


 こちらに臭いは流れてこないが、ゴブリンの鼻には届いたようだ。すべての気配がガラっと変わった。


 なんと表現していいかわからない感情だ。だが、狂気にも似た感情に、思わず肝が冷えてしまった。


 ……軽く死ねる狂気だったぞ……。


 これはやる場所を選ぶ戦法だな。二千匹は危険だわ。


 ゴブリンが一斉に吠え出し、山から駆け下り始めた。


 RPG−7を構え、なるべく多いところに向けて放ってやった。


 一直線に飛んでいき、爆発して三十匹くらいが吹き飛んだ。


 一発五万円の弾で十万円の儲けか。密集してたらコスパのいい武器だな。


 次のRPG−7をつかみ、また別の密集地帯に向けて放った。


 かなり大きな爆発なのにゴブリンの狂気が消えたりしない。狂乱化も起きてないのに恐ろしいことだ。


 山からゴブリンが現れた。


 落下させた処理肉に向かって駆けており、狂気になっていても食欲は消えていないようだ。


「タイミングはローガに任せる」


 オレは発射器に弾頭を込めるので忙しいんでな。


「了解! よく引きつけてから撃つぞ! 抜け駆けするなよ!」


 やはり戦闘経験があるヤツがいてくれると心強いよ。


「用意! ……撃て!」


 ローガの命令で銃弾が雨のように放たれた。

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