第2話 パイロットは君に決めた

 解析結果によると……どうやら宇宙移民軍の量産期が奇襲をしかけてきたようだ。


「馬鹿な……ここは中立地帯だぞ⁉」


 などと胸の中の整備員は驚いているが、その中立地帯をこっそり軍事施設に改修して俺のようなチート兵器を建造しているのだから、襲われるのも無理はない。

 どっかから情報漏洩してんじゃないの? と機械音声で話しかけようとしたところで、バゴオン! と爆発音が響いた。


「三番ハッチ崩壊! 敵部隊の砲撃によるものと思われます!」


 ナビゲーターらしき女性が、通信機の向こうで叫んでいる。

 お、可愛い女の子いんのかな、と生殖器もないくせに下心を出していると、後方から生体反応が近付いてきた。

 足音の主は二人。

 一人は十代半ばほどの少年で、もう一人は位置が悪くて上手く見えない。

 とりあえず少年の方を観察してみる。

 いかにもナイーブそうな顔つきで、制服姿だ。襟元には『ME科』と書かれたバッジが光っている。

 ME科となると……モビルエンジニア科?

 つまり俺を動かす知識のある、高校生ぐらいのガキんちょというわけだ。


 嫌な予感がする。


「なんだこれは……戦闘用アーマードモビル? 父さんはこんなものを作っていたのか!?」


 はいはいお約束。

 そうだよね、親が開発者なんだよね!

 見ればMEバッジをつけた少年は、白衣を着た研究者風のおっさんと揉み合っている。

 顔立ちが似てるし、絶対こいつら親子だ。

 

「あんたみたいな大人がいるから! 戦争が終わらないんでしょ!」


 少年はト〇ノ節な台詞を吐きながら、父親らしき研究者を殴り飛ばしした。

 この情緒不安定さ、すっごくロボットアニメの主人公っぽい。


 ……やだなあ。


 こんな神経質なガキ(しかも男)が俺に乗り込むんだとしたら、やる気が出ねえなあ。

 そんなことを考えていたら、ついに天井の一部が崩落した。

 いよいよ基地が落とされようとしている。


「綺麗ごとだけで生きていけるほど、世の中は甘くない」

「馬鹿にして!」


 少年が再び拳を振り上げた瞬間、白衣の研究者は「お前が乗れ」と告げた。


「……なんだって? 僕が?」

「今入った情報だ。テストパイロットは予備も含めて全員死亡した。瓦礫の下敷きになってな」

「……そんな……人が……人が死んでるのか?」


 そうだ、と研究者は言う。


「放っておけばさらに大勢の人間が死ぬ。六機ものアーマードモビルがこちらに向かっているのだ」

「……僕は戦争に巻き込まれたのか?」

「お前が動かせ」

「――え?」

「お前がガイアースを動かせ。あれのAIは、感受性の鋭い年少者でなければ制御しきれん」

「さ、最初から子供を乗せるつもりで作ったってのか!? ふざけるな! だから大人って!」

「乗るのか? 乗らないのか? どうなんだアキラ? お前がやらなければ、ここにいる全員が死ぬ」

「……くっ」


 アキラと呼ばれた少年は、乗ればいいんでしょう? と忌々しげに吐き捨てた。

 いや乗るなよ、と俺は胸の内で茶々を入れる。

 無理して乗らなくていいぞ。

 俺とお前って絶対相性悪いし。なんかお前イケメン気味でムカつくし。


「動けよ……」


 アキラは駆け足で俺の元にやってきて、胸部ハッチから内部に乗り込んで来た。

「凄い、エネルギーゲージが九本もある!」と褒められているが、男相手にそんなことを言われてもあんまり嬉しくない。


「動け……動け……!」


 アキラは慣れた手つきで計器類を弄り、俺の操作に移った。

 何度も何度もレバーを引っ張ってはペダルを踏み、「動け動け」と連呼している。

 しかし動くはずがない。


 肝心の俺が全力で拒否しているのだから。


 だってこいつ、機械に対するリスペクトがないんだもん。

 手つきが乱暴だし、こいつに操縦を任せたら数ヶ月ぐらいで壊されてしまう気がする。

 散々乗り潰されたあげく破棄されて、背中に羽の生えた後継機への乗り換えイベントを起こされそうな気がする。

 

 知ってんだからな俺は。

 この手のロボットものの主人公ってのは、最初の機体は粗末に扱うものなんだよ!

 お前を乗せたら死亡フラグなんだよ、俺みたいなロボット兵器からしたら!


「駄目だ父さん、動かないみたいだ」

『何?』


 通信越しに白衣の研究者が驚く。


『そんなバカな。お前用に調整してあるはずだぞ』

「やっぱり最初から僕を乗せるつもりだったんじゃないか! それで父親のつもりかよ!」

『……妙だな……AI側が拒絶しているとしか思えん……一体どうすれば……』


 と、その時。

 俺の頭部横に、生体反応が近付いてくるのを感じた。


「あの……私が乗ってみようか?」


 まだあどけなさを残す声。

 おそらく十代の女の子だ。

 そういやアキラのやつ、連れがいたんだっけ。まさか彼女じゃねえだろうな?


 ……どんな顔なんだろ。


 位置的に死角になっているらしく、俺のアイカメラからは見えない。

 くそっ、アニメ声な時点で美少女の予感がするし、なんとしても顔が見たいんだけどな。

 

「押して駄目なら引いてみろって言うし……だめ? お兄ちゃん」

「何を言ってるんだミホ! 無謀だよ」

「でもこの機体、なんだか必死になってアイカメラを私に向けようとしてる気がするの。この子、私のことは嫌いじゃないのかも」

「……あのな。確かにお前は可愛くておっぱいの大きな女子中学生だけど、だからってロボット兵器が興味をもつわけないだろう。ここは兄ちゃん達に任せとけ」


 ビゴンユゥン!

 俺はアイカメラを光らせると、ゆっくりと上体を起こした。

 コックピット内のオスガキをつまんで放り出し、ミホの前に手のひらを下ろす。


「こいつ……動くぞ! でも僕を放り捨てたぞ!」

「……これ、私に乗れって言ってるのかなあ」


 ミホは恐る恐るといった様子で俺の手に乗った。

 俺は生まれたての子猫でも扱うような、優しげな手つきで少女を胸元に運ぶ。


「わあ……綺麗なコクピット」


 ミホの外見は、予想通りとても可愛らしかった。

 目はぱっちりと大きく、艶のある黒髪は肩の長さで切り揃えられている。

 愛嬌のある美少女だ。

 服装はセーラー服を近未来風にした制服なのだが、それがまたよく似合っていた。

 そして布地を内側から突き上げる膨らみは、凶悪の一言に尽きる。

 バストサイズは目測で86㎝と2㎜ほど。ウェストは57cm。ヒップ85cm。


 データバンクと照合した結果、地元中学に通う14歳と判明。

 本名、ミホ=カスガ。カスガ博士の娘で、アキラの妹。

 スキャンにより処女膜を確認。


「ふうううううう~。たまんねえええ~」


 えっ、なに今の機械音声? とミホが硬直する。

 俺は慌てて「お、おおおおお俺は操縦補佐用AIなんだな」と自己紹介をする。


「貴方、機械なのに話せるの?」

「ミホはロボットって好きかな? ふひっ、俺は昔からこういうのに目がないんだよね。休日はよくプラモ組み立ててたし。プラモってわかるかな? この世界にあるのか知らないけど、まあとにかくロボ系の扱いは任せといて。操縦は俺が自分でやっとくから、ミホはシートの後ろにあるヘッドギア付けてくれるだけでいいよ、脳波がリンクしてると動きやすくなんだよね」

「凄いボソボソ声の早口……なんだか貴方、うちのクラスのオタクっぽい男子達と喋り方が似てる」

「――」


 俺が黙り込んでいる間にミホはシートに座り、しっかりとヘッドギアを着けていた。

 仕上げに固定ベルトで体を留め、出撃準備オーケーといった感じ。


 てきぱきしてるし、アキラ以上に見込みがあるかもしれない。


「ガイアースだっけ。これからどうすればいいの?」

「……そうだよなぁ、生まれ変わったところで急にトーク力が改善されるわけじゃないもんなぁ」

「ガイアース、ガイアースってば」

「もう鈴木大地でいいよ……その名前恥ずかしいし」

「お父さん、このAIなんか変」


 ミホは通信機で父親に助けを求めた。

 さっきまで息子にブン殴られていた白衣の研究者――カスガ博士の返事は、「バグってるんじゃないか? 叩けば直ると思うが」だった。


「ひでえな君の親父」

「えい、えい」


 ミホは腕を思い切り伸ばし、精密機器の詰まったモニターとバシバシと叩く。

 そういう姿勢を取るとベルトで胸の下を締め上げられる状態になるため、ただでさえ大きな胸元がより強調されて見える。


 どうして自分の体内が見えるかというと、俺はパイロットの状態を逐一観察する必要があるため、コックピット内に大量のカメラが設置されているのである。

 体温や発汗量を記録するセンサーもあるし、臭気センサーまで備わっている。

 恐ろしいことに味覚センサーすらある。

 

 たとえるなら、そう。俺のコクピットは、鼻の穴と耳の穴と舌を合体させたようなものなのだ。

 そんな場所に巨乳美少女を乗せて、内側をこしょこしょ弄られているのを想像してほしい。


「ふおおお……これは……女の子を飴玉みたいに舐めてるような……ふおおおおお……」


 やる気を注入してもらった俺は、お礼に立ち上がってやることにした。

 

「きゃあああああ!?」

「落ち着け落ち着け。慣性制御装置があるから、Gはかかんないはずだよ」


 どこまでもチート兵器だよなあ、俺。技術力で押されてるはずの地球連合が、なんでこんなもん作れたんだろ。そこを突っ込むのは野暮なのかもしれないが。

 

『ミホ、よくやってくれた! 我々の方でもサポートをするから、可能なら敵を皆殺しにしてくれ! 動力炉を破壊して無力化したら、中からパイロットを引きずり出して拷問するんだ! やり方は私が教える!』


 えっと。

 カスガ博士が指示を出してきたんだが、もうどこから突っ込めばいいのかわからないくらい酷い。


「なあ、君の父ちゃんすげえ過激じゃねえか? 初出撃した娘にかける言葉じゃないと思うんだが」

「……うちのパパ、超タカ派なの。昔から右翼軍人と仲が良くて……だからこそ軍部から潤沢な予算が貰えて、貴方みたいな高級兵器を開発できたんだけど」

「な、なるほど」

「とりあえず拷問なんかしたくないから、なるべくスマートに撃墜できるよう手伝ってくれる?」

「任せな! コックピットを一撃で破壊すりゃあ、敵も苦しまずに死ぬだろ」

「え?」


 俺のレーダーはしっかり敵影を捉えている。交戦の時は近い。

 初陣といこうじゃないか、可愛い相棒さん?

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