まつりまつられ

砂糖醤油

まつりまつられ

「信仰ほしいな~」


「そうですか」


 男の声など気にも留めず、私はお茶に口を付けた。

やはり緑茶はいい。

わざわざ高い茶葉を買った甲斐があるというものだ。


「信仰ほしいんだけどな~」


「そうですか、よかったですね」


「ねぇ真面目に聞いて!?」


「聞いてますよ。別にいいじゃないですか今のままでも。消える事はないんですから」


「いやそうだけどさぁ! やっぱり欲しいじゃん威厳とか!」


「とりあえず煎餅でもいります?」


「……いる。供えといて後で」


 やっぱり子供っぽい。

ふわふわと宙に浮く中性的な顔をした男を見上げ、私はため息をついた。

驚くなかれこの男、実は神様なのである。

言っておいてなんだが私がこの事を一番信じていない。

本人や周りが言い張っているからそういう事にしているが、未だに私はこの男が幽霊の類じゃないかと思っている。



 彼が見えるようになったのは、まだ私が小学生くらいだったころの話である。

力なく漂っていた彼をでかい虫か何かと勘違いした私は、その場にあった破魔矢を引っつかんで投げつけた。

直撃する事こそ無かったが、着ていた服(?)に引っかかった男はカエルの断末魔のような声を上げて落ちていった。


 地面に突っ伏す彼の姿を見て私は初めて彼が人っぽいことに気づいた。

彼の頭をつつきながら声をかける。


「生きてる?」


「……君のおかげで今死にかけてるけどね」


 彼曰く、最悪のファーストコンタクトだったらしい。


 その話を両親にすると、その人は恐らく神様だろうと言われた。

何故かついてきていた彼も、何度も首を縦に振っている事からとりあえずそういう事にしておいた。

だって死にかけの虫けらみたいな感じだったし。

その後も彼の行動を目で追ってみたらかなりだらしないし。

こんなのが神様? って正直今でも思っている。



「ねー神子みこ聞いてる?」


「何度も言いますが、あまりその名前で私を呼ばないで下さい」


「だって神子は神子じゃん」


「そうですけど。何かダジャレみたいで嫌なんですよ。巫女だからミコって名前、安直すぎると思いませんか?」


「じゃあ何て呼べばいいのさ」


「名字で。ビジネスライクでお願いします」


「面倒くさいから神子でいいや。それでさ、どうやったら神として崇められるかって話なんだけど」


「変な仕事増やさないでくれればなんだっていいんですけど」


「やっぱ生贄の儀式とかやってみるべきじゃない?」


「次そんな事抜かしてみてください。今度は正確にあなたの頭を破魔矢が貫きますよ」


「げ、それだけは勘弁してよ」


 分かりやすく彼が顔をしかめる。

あの出来事はそれなりにトラウマだったらしい。


「……はぁ、お守りとかじゃ足りないんですか」


「神の力なんて最後の一押しみたいなものだよ。結局、神頼みで簡単に何とかなるほど世の中単純じゃないからね」


「じゃあ諦めてください」


「うーん、そういうわけにもなぁ……。あ、そうだ」


 ―――お祭りやればいいじゃん。

その一言に、今度は私が顔をしかめる番だった。



 どうせ周りからの反対にあって終いだろうと思っていたこの話は、私の想像とは真逆にすらすらと進んでいった。

この案は私から両親へ、町内会、そして子供たちと伝わり話題になっているようだ。


 何でも最近はそういう祭りがめっきり減った事で、どうにかしないといけないという話にはなっていたらしい。

これ幸い、という体でどんどん準備が運んでいった。


 屋台に関しては町内会で運営してくれるらしい。

ともかく人が集まってくれるのが何よりだと皆張り切っていた。


 私の生活も一変し、今もこうして蒸し暑い中額に汗をかきながらポスターの貼り付けをしなければならなくなってしまった。


「忙しそうだね」


「そう思うなら手伝ってもらえます?」


「いや僕手伝えないから。ほら見て、触れられない」


「じゃあ何でついてきたんですか」


「だってこうやって準備してもらえるとさ。尊敬されてるな~、崇められてるな~って思うでしょ? それにさ、神子が結構乗り気なのが嬉しくてね」


「……まぁ、進んじゃったものは仕方ないですし」


 それに、少しだけ見たくなった。

神社が人で賑わっている様子を。

幼い時、彼が一度だけ見せてくれたあの光景を。


 あれは随分と昔の話らしいけれど、確か江戸時代って言っていたっけ。

その頃は神社も本当に栄えていたらしい。

人々が楽しく笑っている姿。

疲れるから一回だけねって彼は言ったけれど、あの景色は。

……いや、今は言うまい。


「あ、そういえばお祭りの名前は何て言うんだっけ?」


「とりあえず『ゆかたまつり』という事にしておきました。なにぶん歴史も無いものなので」


「えー、僕の名前使ってよ」


「……名前なんでしたっけ?」


「嘘でしょ覚えてないの!?」


「なんとかのみことだっていうのは覚えてるんですけどね」


「日本の神だったら大体そうだよ!」


「ねぇ、神社のねーちゃん!」


 そんな事を言っている内に、ふと誰かが私の服を引っ張っているのに気付いた。

あまり人の顔を覚えるのは得意ではないが、恐らくこの周辺の子供だろう。

私を「神社のお姉ちゃん」と呼ぶのは大体ここらへんに住む人だ。


「ん、どうしたの?」


「今度お祭りやるって本当!?」


「本当だよ。もし良かったら来てくれると嬉しいな」


 そう言って私は少年の頭を撫でてやる。

少しくすぐったそうに笑った後、少年は嬉しそうに目を輝かせた。


「じゃあおれさ、まっちゃんとゆうじ連れてくる! おいしいもん作っといてね!」


「はーい、またお祭りでね」


 私が何か作るわけじゃないんだけどね。

元気に駆け出していく少年を見送りながら、そう一人呟く。


「いいなぁ、僕に対してもあれくらい優しくしてくれればいいのに」


「嫌ですよ。何歳ですかあなた」


 後ろで羨ましそうにこっちを見る自称神様をあしらいながら。


 

 小さな神社に入りきらないほどの人の声が響く。

こんなにこの町には人がいたのか、と改めて驚かされる。

よほど話が広がっていたのだろう。

私も両親もひっきりなしに動き回ることとなった。


 へとへとになりながらも休憩を取らせてもらっていると、彼が顔を出した。


「いやー、人が多いっていうのはやっぱりいいね!」


「楽しそうですね」


「そりゃあね! 普段来ないような子供たちも来てくれてるわけだし、いやー我ながら中々に名案だったね!」


「……あの」


「ん? 何?」


「もしかしてですけど、こうなるように仕組んだわけじゃないですよね」


 少しの空白。

それから彼は、こらえきれないように笑った。


「言ったでしょ、神の力なんて最後の一押しみたいなものだって。僕は望まれたように力をほんの少し貸しただけ。そんなもんだよ」


 それより見てよ、と彼が指さした先には。

夜の中で灯る明かりと楽しそうな人の姿。

あの時見せてくれた景色とは少し違うけれど、感想は同じ。

あぁ、やっぱり祭りはいいなって。


「また、お祭りやりましょうね。――――――さん」


「神をさん付けとは神子も大胆だね」


「そりゃ名前に『神』が付いてますから」


 私と彼の笑い声は、祭りの喧騒に溶けていった。


 


 
















 








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