弐拾参:サムライガールはピエロを斬る

 アトリの刀は紅白ピエロの首を断った。


 首を断たれた生物は生存できない――とも限らないのがダンジョンの魔物だが、それでもアトリは紅白ピエロの命を絶ったことを確信する。手ごたえ、相手の反応、感じていた相手からの圧力。何千何万の魔物を斬ってきたアトリが、それを違えるわけがない。


「某の友人とそして数多のダンジョンアイドルを愚弄した罪、しかと閻魔王に裁かれるが良い」


 アトリは敵意がない事を確認し納刀する。


 チン、と鞘納めの音が響いた。


『早っ!』

『相変わらず恐ろしい斬撃だな!』

『スロー再生して何したかがわかるとかどんだけか』

『流石アトリ様!』

『中層の魔物如きがアトリの刀から逃れられるはずがない!』

『やったか!?』

『↑ フラグやめろwwwwww』

『↑↑ 流石にそのフラグは立たんわwwwwww』


 アトリの刀技に驚き、そしてウザったいピエロが静かになったことで安堵するコメントが飛び交う。配信を見ている誰もが、これで終わりだと思っていた。


「ふっふっふ。それで終わりとか浅い浅い」

「それで終わるなら我々は投資せぬよ」

「クリムゾン&スノーホワイトが50年も続いたことを忘れているようだな」


 不敵に笑う運営委員会の老人達と、


「…………」


 不快な顔をするケロティアとふわふわもっふるんは、まだ終わりとは思っていなかった。


『死んだ! オイラ、死んだ!』


 その声は、スタッフが持つスピーカーから響いた。


『首斬られて死んだ! イタイイタイイターイ! 痛くて痛くて泣けてくるぅ!


 斬り殺されてしまった! !』


 それが紅白ピエロの声だと気づいた時には、その異変は起きていた。


!』


 その声と同時。地面に落ちた首がひとりでに宙に浮き、首のない体が糸で操られたかのように起き上がる。カートゥーンの様なコミカルさで首と胴体がくっつき、死んだはずのピエロは高笑いする。


「ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! どうした女ぁ! オイラを斬るんじゃなかったのか!? オイラぁ、まだまだピンピンしてるぜぇぇ! ピンピン! ピンピン!


 ヒャハハハハハハハハハハハハハァ!」


 軽快に踊りながら自分の無事を表現する紅白ピエロ。踊りながらアトリの周囲を回り、そして逆立ちするようなポーズで止まる。コミカルな動きだが笑いは起きない。むしろ首を斬られて蘇った恐怖の方が大きい。


「なんや!? 首斬っても死なへんかったんか! アンデッドみたいにスキルかなんかで復活したんか!?」


「違います……『死んだという不幸』を『なかったこと』にしたんです!」


 訳が分からないと叫ぶタコやんに、里亜は表情を強張らせて答えた。言っている里亜本人も理解できないとばかりに首を横に振っている。


「…………は?」


「ええ、強いアンデッドや神獣級の魔物は特定条件下でないと死にませんわ。逆に特定条件を満たせば死に至ります。


 だけど……はそうじゃない。本当に死んだのに、それをキャンセルしているんですわ」


「なんやねんそれ!? インチキやんか!」


 叫ぶタコやん。死ぬと同時にその『不幸』を『なかったこと』にしているのだ。


「――――っ」


 再びアトリの刀が鞘走る。大上段からの唐竹。下から跳ね上げるように逆袈裟。そのまま勢いを殺さず横なぎ。脳天、心臓、そして首を斬る刃の軌跡。手ごたえあり。瞳孔やけいれんなどの死んだと思われる反応あり。脱力して崩れ落ちる紅白ピエロの体は――


「ムダァ! ムダムダムダムダムダァァァァァ! 全部全部なかったことになるんだぜぇ! 頭悪いのかぁ? 理解できないのかぁ?」


 斬られた紅白ピエロの体が灰となって崩れ去り、つむじ風が起きたかと思うとそこに何事もなかったかのように存在していた。


 ――言葉通り、何事もなかったかのように。


『おい、こいつ本当に死なないぞ!?』

『単にしぶといだけ……とかじゃないのか!?』

『しぶといで説明がつくか、これ!?』

『ケロティア様の言うように、何もかもをなかったことにできる……?』

『え、じゃあ倒せないんじゃ……』


 アトリの刀でも斬れない。殺せない。


 そんな状況を前に絶望するコメント達。


「ふざけんなぁ!」


 そんな空気を吹き飛ばすように、レオンが吠える。特攻服をなびかせて、紅白ピエロに向かって拳を振るう。【守りの盾】を拳に纏わせて一撃を食らわせる。そのまま殴り続けて、紅白ピエロを岩戸の方に押し込んでいく。


「よくわからねぇが、コイツはこの岩戸に封印されてたんだろ! だったらもう一度押し込んでやればお終いってことだ!」


『っ!』

『姐さんナイス!』

『そのまま押し込め!』


「やややややや、やめてくれぇ! そんなことされたらオイラは、オイラはあああああああ!? あんなところに戻りたくないんだぁぁぁぁぁ!」


 レオンの乱打から逃げようとする紅白ピエロ。地面を転がって、四つん這いになって岩戸から離れようとするが。


「逃がしません!


『この鞭に打たれた者は』『方向感覚が狂います』『時間は1秒』……これで!」


【制限呪力】を付与されたスピナの鞭で打たれた紅白ピエロ。弱い呪いだがそれでも1秒前後左右が分からなくなる。そしてその1秒があればレオンには十分だった。


「大人しく帰りやがれェ!」


「ぴぎゃああああああああああ! たぁすけてぇえええええええ!」


 紅白ピエロの襟首をつかんで、岩戸の方に投げ飛ばす。紅白ピエロは岩戸の奥に投げ飛ばされ――そのまま消えた。


『よっしゃ! やったぞ!』

『あとは岩戸を閉じれば勝ちだ!』

『少し重そうだけど、あれだけの人数がいれば動かせるはずだ!』

『ムカつく野郎だったぜ!』


 そんな喜びのコメントは、


「なぁぁぁぁぁぁぁんちゃって! オイラ、復活だぜぇ!」


 岩戸の奥から何事もなかったかのように歩いて出てくる紅白ピエロ。


「ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! 岩戸に再封印とか、安直すぎるんだよぉ! そんなの面白くねぇだろうが!


 驚いたぁ? オイラの演技に騙されたぁ? ヒャハハハハハハハハハハハハハァ!」


 歓喜のコメントをバカにするように腹を抱えて地面を転がる紅白ピエロ。


「驚きゃしねぇよ。騙そうとしてるのがバレバレだったからな。演技系配信者ナメんな」


「貴方は悪意がある人の目をしていました。魔法少女にはまるわかりです」


 レオンとスピナは紅白ピエロの違和感を察していたのか、冷静に返す。嘘くさい演技。悪意ある視線。演技や正義に精通しているからこそ、気付けたことだ。


 ――とはいえ。


「ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! そいつは大したもんだ! ブラボォ! ブラボォォォォォォォォォォ! 将来は名探偵だな! ああ、すごいすごい!


 それで? 見抜いていたとして、その後はどうするんだぁ? オイラを止めることはできない事には変わりはないんだろォォォォォ!?」


 紅白ピエロの言うとおり、レオンの演技力とスピナの正義では紅白ピエロを止めることはできない。いいや、この二人だけではない。


「そうさぁ! オイラを止めることは誰にもできないのさぁ! 『不幸をなかったことにする』だけのオイラを、誰も止めることはできないぃぃぃぃぃぃぃ!


 ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! 最高だ! 50年間蓄えた不幸! 人間が生み出した不幸! それがオイラを強くしたァ! 最高だ、最高だ人間! 愛してるぜぇぇぇぇぇ!


 これからもヨロシクな! ジャンジャン不幸を貢いでくれ! お前らに都合がいい不幸は食らってなかったことにしてやるぜ! 面白い不幸は笑ってオイラが永久保存! 不幸! 不幸! 不幸! ああ、なんて可哀想なんだ!


 ヒャハハハハハハハハハハハハハァ!」


 この場にいる誰も。いいや、世界中を探しても誰もこの紅白ピエロを止めることはできない。


「止めてみせますわ!」


 それが分かっているのに、ケロティアは叫ぶ。【メデューサアイ】【凍える吐息】【毒の爪先】などのバッドステータススキルを使い、紅白ピエロに『石化』『冷凍』『猛毒』のバッドステータスを付与する。


「お前も懲りないなぁ! こんなことをしてもすぐに『なかったこと』になるなんて三年間で学ばなかったのかぁ?」


 しかしそれを笑って『なかった』ことにする紅白ピエロ。無駄な抵抗。無駄な行為。無駄な努力。それをあざ笑うかのように笑みを浮かべた。


「それでも、諦めるわけにはいかないんです!


 情熱の深紅クリムゾン王子と純粋たる白雪スノーホワイト姫様の努力が! 情熱が! 歩んだ道が! こんなことに使われるなんてあってはならないんです!」


 涙を流し、地団駄を踏み、それでもあきらめないとケロティアは言う。


 50年前、数少ない人達のために歌い続けた二人のダンジョンアイドル。自分達の原点。


「勝利と努力が報われないなどあってはならないのです。たとえ失敗でも、歩んだ道が歪められてはいけないのです!」


 当時の事情を鑑みれば、あの二人は目が出ないまま細々と活動し続けただろう。それを失敗と呼ぶのは人それぞれだが、その活動を嘲笑ったり歪めて広める権利は誰にもない。


「あのお二人の勝利と努力。それが報われないなど、悲しい現実があってはいけないのです!」


 それは今を生きる者も同じだ。勝ちえたモノ。学んで掴んだ力。それがインチキで歪められて報われない。そんな現実は悲しすぎる。


「ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ご高説お疲れサマァァァァァ! 立派なお考えでございますネェェェェェ! オイラ、感激しちゃったよ!


 だけど無力! 残念、無力! むぅぅぅぅぅりょょょょょょくぅぅぅぅぅぅぅ! そんな言葉じゃ何も変わりませぇぇぇん! 残念でしたぁぁぁ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ!


 ああ、楽しいぜ! 『オイラに挑んだ者の記憶は残しておいた方が楽しめる』って言われてそうしてるが、まさかここまで楽しめるとはなぁ! 『絶対に許せない相手をどうやっても殺せない不幸!』……こんなレアな不幸を味わえるなんてなぁぁぁぁぁ!」


 紅白ピエロの言葉に涙を流して膝をつくケロティア。今回も勝てなかった。その表情が悔しさを語っていた。三年前にクリムゾン&スノーホワイトの事実を知り、三年間紅白ピエロを倒そうと挑んできた。だが、結果はすべて同じだ。


「不幸! 不幸! 不幸! お前達は不幸! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ!


 最高の不幸だ! 望むならその悔しさもなかったことにしてもいいんだぜぇ! オイラに勝てない。不幸は覆せない。努力は無駄。勝利は無意味。所詮この世は運次第! そう認めるのならなぁぁぁぁ!


 ヒャハハハハハハハハハハハハハァ!」


 紅白ピエロの哄笑が響く。


 もう誰も言葉を発しなかった。


 運営委員会の老人達はこの結果に満足し。


 放送スタッフ達はあまりの事に呆然とし。


 世界中のコメントも絶望で言葉もなく。


 ケロティアは悔しさで嗚咽にまみれ。


 他の者も能力を理解して俯くばかり。


 もう誰も言葉を発しなかった。


「ヒャハハハハハハハハハハハ――」


 笑うピエロの首が飛んだ。


「――ハハァ??????」


 無言で首を刎ねたアトリが、刀を振るってそこに立っていた。


「おいおいおいおいおいおぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 無駄だってわからないのかぁ?


 オイラはどんな不幸でも『なかったこと』にできるんだぜぇ。即死だろうが関係ない。オイラが死ぬことが不幸だって思ってるだけで自動で発動するんだよぉ!


 だから何をしたって無駄なんだよぉ!」


 アトリの行為を嘲笑う紅白ピエロ。何をしても死なない。何をしても殺せない。なのに斬り続けるなんて無駄な事。世界中の誰もが同意するだろう。


 なのに。


「成程、姉上が無理と判断するのも無理はない。


 姉上はよく言えば機を見るに敏。悪く言えば飽きっぽいからな。無理とわかって即撤退も当然だ」


 今の斬撃を『なかったこと』したピエロを見て、アトリは凄惨な笑みを浮かべていた。


「貴殿を斬れば、姉上が斬れなかったモノを斬れたということになる。


 なかなかに面白いではないか。そうは思わないか?」


 自分の目標としている者が斬れなかった存在が目の前にいる。それを斬る機会が今訪れたのだ。


 刀は鞘に納めず。紅白ピエロに殺意を向けるアトリ。


「はあああああああ? 何言ってんだおま――えは」


 斬る。


「喋って、る途中で斬る――なって!」


 斬る。


「お、い――おま、え」


 斬る。


「無駄だって――わからね、えの、か!」


 斬る。斬る。斬る。


「わからねぇの――」


 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。


「何な――んだ――よ、お――前!」


 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。


 斬られてもそれを『なかったこと』にする紅白ピエロを何度も何度も何度も斬る。現れると同時に斬る。喋っている途中に斬る。とにかく斬る。息つく間もなく斬る。微動する暇すら与えず斬る。


「無駄。無意味。当然だ。某はまだ未熟だからな。そんな事は言われるまでもないよ」


 刀を振るいながらアトリは口を開く。


「故にできることはただ一つ。ただひたすらに斬るだけよ」


 アトリは止まらない。


 無駄と罵られることなど当然と受け止め、一意専心にまい進する。一意とはただその事に心を向けること。専心とは心を注いで集中すること。今自分にできることはただそれだけだとばかりに斬り続ける。


「ふざ――こんな――諦め――」


 紅白ピエロもアトリの狂気じみた精神力に一歩引いていた。『なかったこと』にして死ぬことはないが、それでも何度も何度も斬られていい気分ではない。


 誰もが諦めて口を噤んでいたのに。


「……ホンマ、アイツはアホやな」


「はい、流石アトリ大先輩です!」


 呆れるように笑うタコやんと、元気が出たとばかりに頬を叩く里亜。


 二人は俯いていた顔を上げ、親友の行動に感情を揺さぶられる。


(分かっとるわ。姉ちゃんの事とか斬るの大好きってのもあるけど、いろんな人をバカにしたあのクソピエロに怒ってるんやろ。


 自分の罵倒なんかどうでもいいけど、他人の罵倒は許さへん。オマエはそういうヤツや)


(本当に口下手なんですから! 里亜の時もタコやんの時も本気で怒ってくれて。


 ええ、そんな人だってわかってますから里亜は大先輩とお呼びするんです!)


 アトリの剣を見て、アトリの動きを見て、タコやんと里亜は力を抜く。動ける。思考できる。冷静になれ。相手はただ死なないだけで、こっちには何もしていない。絶望するには早すぎる。


 エンジン全開。頭脳を回転させ、思考を展開する。考えろ。考えろ。あのアホは/大先輩は止まらなかった。だから思考を止めるな。止めるな。考え続けろ!


(正攻法では無理。アトリや姉ちゃんみたいに実力でどうこうできる相手やない。ってことは――)


 時間にすれば3秒程度。先に口を動かしたのはタコやんだ。


「お前はそのまま斬っとけアトリ! ウチ等がサクッと解決したるわ!」


「いつも通り、ガンガン斬っちゃってください!」


 アトリに向かって自信満々に言うタコやん。あ、これは何かペテンな策があるんだと理解する里亜。どんな考えかはわからないが、アドリブで合わせる気満々である。


「そこのピエロ!」


 タコやんは紅白ピエロを指さし、笑みを浮かべて告げた。


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