弐拾弐:サムライガールは不幸の魔物を知る
「その不幸をなかったことにしよう!」
岩戸に現れたそれは叫ぶ。
「なあ? これってどういうことや!? なんかヤバそうなんやけど!」
タコやんが周りの人間の気持ちを代替するようにスタッフに問いかけた。
「いや、俺達も何が何だか……」
「ここで『星』ステージを行うとしか……」
「岩戸まで行って撮影して帰るだけ。それだけとしか……」
「魔物に襲われても、選手たちが撃退するから安全だと……」
スタッフ達も目を白黒させている。パニックを起こさないのは撮影中だからというプロ意識だ。緊張の糸がギリギリ保たれているだけで、不測の出来事に混乱しているのは間違いない。
「無駄ですわ。誰もこの岩戸の事を知らないのですから」
ケロティアが舌打ちするような表情で口を開く。
「正確に言えば、『なかったこと』になっているのですわ」
「なかった……こと?」
訳が分からない、とばかりに問い返す里亜。紅白ピエロが叫んでいたセリフに、似たような事があったような……。
「あれは……不幸をなかったことにする魔物です」
胸を押さえるようなポーズでふわふわもっふるんが言葉を紡ぐ。
「不幸となかったことに……? 流し雛みたいなものですか?」
流し雛。紙や草で作った人形を川に流す風習だ。人形に呪いや穢れを乗せて流す身代わり信仰の様なものだ。今では形を変えて、願いを込めれ流されるようになった。
「他人の不幸を食べて、なかったことにする。
50年前、この地を訪れた
そしてその時知ったのでしょう。人間社会には不幸が多すぎると」
「イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェス! お前達の世界は不幸が多すぎる! なんて可哀想なんだ! だからなかったことにしてやるのさ!
毎年このクリムゾン&スノーホワイトの『星』ステージで捧げられた不幸を食らってあげるのさぁぁぁぁ! 優しいねぇ!」
機械音声ではなく、自ら口を開いて叫ぶそれ。ピエロメイクで表情はわからないが、善意的なセリフなのに善意をまるで感じない。
『……? 不幸を肩代わりしてくれる?』
『だったらいいヤツなんじゃないのか?』
『だよなぁ。不幸じゃないならラッキーなんだし』
『ええと、毎年食らってるって……おかしくないか?』
『俺、コイツの姿始めてみるんだけど?』
『こんな濃いキャラを忘れるはずがないんだけど……?』
「せやな。こんなドキツイヤツ、忘れるはずあらへんで。実際配信してるし、アーカイブに記録に残ってるはずや」
毎年、の所に反応するコメント。毎年こんなことをしているのに、誰もこれの存在を知らない。タコやんも眉をひそめている。
「ええ。それも『なかったこと』になっているんです」
「……は?」
「毎年ここで起きたこと。それが『なかったこと』になってみんなの記憶と配信記録から消えているんです」
ふわふわもっふるんの説明を、すぐに理解できた人間はいなかった。
『え……?』
『待って。忘れるってこと?』
『見ている人全員の記憶を操作している……?』
『ちがう。この出来事が存在しないことになる』
『それって、もっと怖くない……?』
『いやいやいやいや。そんな事ある!?』
『でも、それならこいつの記録も記憶も存在しない説明にはなる……よな』
『50年間、ずっと……?』
『アーカイブを確認したけど、『星』ステージはダンジョンアイドルが集まったところで途切れて……優勝者だけが決まってた』
『おかしいだろ!? 誰もそれを疑問に思わないとかあり得るか!?』
『だから……そう思うことも『なかったこと』になってる……って事だろ……?』
『世界規模で事象を消去している……って事……?』
時間が経つにつれてその事実が浸透していく。
クリムゾン&スノーホワイト『星』ステージ。そこで起きたことは『なかったこと』になっている。
「そうだぜぇぇぇぇ! お前達は毎年毎年この姿と舞台を見ているのに、『なかったこと』になって記憶されないのさぁ!
『勝手に全国配信されるオイラ、不幸!』……これをなかったことにすればアラ不思議! お前達はオイラのことを忘れちまうのさぁ!」
『不幸』を『なかったこと』にする。その能力を用いて、誰もこの事を覚えていない事にする。それを50年間続けてきたのだ。
『わけわからん! なんなんだよコイツ!』
『50年もそうやってきたってことか……?』
『いや、だとしても誰かに迷惑をかけているわけでもないし……』
『だよなぁ……気持ち悪いし理解できないけど、それも忘れてしまうんなら……』
『俺達には、関係ないよな……』
紅白ピエロの常識はずれな能力と行動はともかく、別に悪い事をしているわけではない。他人に迷惑をかけていないのだから、どうでもいい。そんなコメントが飛び交った。
「そうだぜぇぇ。オイラは無害な存在だぜぇ! ただ『不幸』を『なかったこと』にできるだけのひ弱なモンだ!
例えばこういうカンジだな! 『エクシオン販売部の賄賂発覚! 専務取締役5名が責任を取って一斉辞任』!」
紅白ピエロが挙げたのは、一つのニュースだ。10年の間賄賂を受け取っていたエクシオン幹部の不祥事。かなり話題になったニュースだ。
「ああ、なんて不幸なんだ! その不幸をなかったことにしよう!」
――その瞬間。世界が書き換わった。
賄賂が発覚したという事実は消え、不正は未だに続いている。辞任したはずの専務取締役は何事もなかったかのように元の地位に戻っていた。
『……は?』
『ちょっと待て。例の不祥事記事が消えてなくなってるぞ!』
『どういうこと!?
『つまり……そう言う不幸をなかったことにしたんだろ……?』
そんな不祥事は『なかったこと』になっていた。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! 驚いたかぁ? 驚いただろう!
オイラを認識している間はまだその不幸が記憶に残っているだろうが、オイラが消えればオイラを見ている者からも『なかったこと』になるぜぇ!」
『なかったこと』……世界から存在せず、誰も認識できない。『不幸』という環境を紅白ピエロが食らい、世界から消したのだ。
「……じゃあ、『ワンスアポンナタイム』の人達が言えなかったのも、お姉さんが名前を叫んだつもりでも『 』だったのも……?」
「こいつの存在が『なかったこと』になってたって事やな。どちらかというとウチ等がコイツの存在を認識できへんかったって事やろうけど」
『なかったこと』になった事は認識できない。たとえその情報を与えられても、存在しないから脳が理解しないのだ。
「どんどん行こうか! 『インフィニティック・グローバル幹部が未成年を拉致監禁で逮捕!』……不幸だ! なかったことにしよう!
『アクセルコーポ社長息子が違法薬物で逮捕!』……これも不幸だ! なかったことにしよう!」
紅白ピエロが上げるのは、三大企業の不祥事や上役関係者の失態ばかりだ。それらを全て『なかったこと』にしていた。監禁されていたものは未だに闇の中で囚われ、違法薬物は社長息子を中心に広まっていく。
「『●●が株で失敗して大損』……不幸だ! 『××が浮気をして慰謝料支払い!』……不幸だ! 『多数の医療ミスを隠してきた▼▼が免許はく奪!』……不幸だ! 不幸だ不幸だ不幸だ!」
次々となかったことにされる『不幸』。それらは『なかったことにすれば三大企業に得がある』事ばかりだ。先ほど運営委員会が捧げた記憶媒体。その中に入っていた事件記録である。
『……なんなんだよ、これ』
『おい、そいつはなかったことにしたらダメな奴だろ!』
『ふざけるな!』
『事件の記録そのものがなくなっているぞ……』
『おそらく、証拠も何もかもって事だろうな……』
『そして俺達も、この配信が終わったら同じように忘れるのか……』
『なかったことになるって……こういう事か……』
荒れるコメント。しかしそれも無駄な事。この事を記録に残したとしても、この配信が終われば記録そのものが『なかったこと』になるのだ。
「不幸! 不幸! 不幸! ああ、なんて不幸だ、可哀そうなんだ!
『新曲が売れずにアイドル引退』……テメェの努力不足だろうがヘタクソ! 『サディストな審判に心を壊された』……メンタルザコすぎだ、そのまま死ね! 『プロデューサーにセクハラされた』……エロい体のお前が悪い! こんなのは不幸じゃないな!
だが面白い! 人間が生み出す不幸は面白い! 笑って肴にできるぜ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ!」
そして『不幸判定』はクリムゾン&スノーホワイトに出ていたダンジョンアイドルにも及ぶ。だがそれらは『なかったこと』にせず、嘲笑のネタにしていた。
『なかったこと』にするのは三大企業の都合のいい不幸だけ。それ以外は笑うネタ。三大企業に都合のいいものを消せば、三大企業は笑える不幸ネタを提供してくれる。そして紅白ピエロにとって、その
『こいつ、選り好みしてるぞ!』
『なくすのは三大企業の不祥事だけってか!』
『というか……企業は50年も自分に都合の悪い事をなかったことにしてきてたってことか……』
『こんなことが許されるわけないだろうが!』
『その怒りも『なかったこと』になるってことだぜ……』
怒るコメント。この事を聞いて三大企業に不信を抱かない者はいない。だが、その怒りや不信も『なかったこと』になるのだ。
「『正義の魔法少女なんてまやかしだってバカにされた』……当然だろバァカ! 正義なんざガキの戯言だ!
『演技系なんてニセモノだって意見が届いた』……ニセモノだからなぁ! 事実指摘されて顔真っ赤! 笑える!
『すぐ死ぬ系配信なんだから本当に死ねと言われた』……死ねクズ! その方が受けるだろうが!
『父が銃で撃たれた』……はいご愁傷様! そのまま死ねば話題になったろうな!」
紅白ピエロの嘲笑はスピナやレオン、里亜やタコやんにまで及ぶ。そして――
「『姉を探すために3年間をダンジョンを彷徨った』……バカじゃねぇの! そんなの人生の無駄だ!
『尊敬する大先輩アイドルをバカにされた』……馬鹿にされるヤツが悪いんだよ、クズ! おおと、コイツはそこのカエルとガキ共通だな! 毎年毎年ご苦労さん! ガキの方は三年間逃げてたけど、まさか勝てるつもりなのかぁ?
無様無意味無駄無駄無駄ァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ!」
アトリとケロティアとふわふわもっふるんまで嘲笑する。愚かに足搔く様を嘲笑う。紅白ピエロとはそう言う魔物。不幸を糧にして生きる存在。
「勝てるつもりと言ったな。つまり斬っていいという事か。
貴殿の価値観と性格は魔物故と割り切れるが、それを踏まえた上で友を嘲笑する事は許せぬよ」
抜刀したアトリが紅白ピエロに向かって問いかける。問いかけという形ではあるが、その瞳と切っ先からは鋭い戦意が向けられていた。答えの如何に関わらず斬るとばかりの圧力だ。
「ああ、いいぜ。もしオイラを斬って殺すことができたらすべて元通り。『なかったこと』は『なかったこと』になる。
だけど――」
紅白ピエロが全てを言い終わるより前に、アトリは踏み込み刀を振るっていた。
誰もが目を見張る速さ。踏み込み、刀を振るい、そして斬る。
アトリの刀は紅白ピエロの首を刎ね、その首は宙を舞い地面に落ちた。
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