弐拾壱:サムライガールは岩戸に着く

 クリムゾン&スノーホワイト、九日目。


 ダンジョンアイドルの頂点を決める『星』ステージの開催である。


 ダンジョンアイドルの始まりともいえる情熱の深紅クリムゾン純粋たる白雪スノーホワイトというアイドル。その始まりの地である中層にあるノヨモモモ岩戸で最後のステージは行われる。


 そのため、『星』ステージに参加するアイドル達は当然だが、スタッフなどもダンジョンに入ることになる。ダンジョン慣れしている者であっても気を抜けば命を落としかねない中層エリア。そんな所に素人が大所帯で入れば大惨事になる――


「しゃあ!」


「オラオラオラァ! この程度でイキってんじゃねぇぞ!」


「『この鞭で打たれた者』は『眩暈を起こす』呪いがかかります! 『期間は2秒』! えーい!」


 大惨事になるというのが常識だが、ここには中層の魔物などものともしないダンジョン配信者が複数存在していた。


 アトリの刀が翻り、レオンの拳が振るわれ、スピナの呪い付き鞭が舞う。中層魔物の悉くがその前に散っていった。


「あー、楽やな。何もせんでええわ」


「ですねぇ。アトリ大先輩だけじゃなく、レオンさんやスピナさんまでいますし」


 タコやんと里亜は開始10秒で終わった戦闘を見ながら水筒の水を飲んでいた。敵は200匹ほどのディメンションソーリーの群れ。時空間を泳ぐサンマのような魔物だ。突如空間に現れて突撃し、刀のような鋭い先端で多くの生き物を巻き込む厄介者だ。


「ホンマやったら対応できずにみんなやられてたやろうな。時空秋刀魚は中層の交通事故みたいなもんやし」


 タコやんが言うように、ディメンションソーリーは突然現れて数の暴威でパーティを襲い、そして去っていく。遭遇率は低いが予測不能の事故そのものだ。


 そして数も多いのが厄介である。スタッフは総勢50名近くいるが、その程度なら余裕で全滅させられる。


 とはいえ、個体そのものは弱い部類だ。戦い慣れた者なら対応可能である。


「アトリ大先輩の剣技。レオンさんの【守りの盾】+【素手格闘】。スピナさんの【制限呪力】付与の【鞭術】。これだけでも十分ですのに」


 気配を察すると同時に秋刀魚の群れに飛び込んだアトリ。スタッフを守る位置取りで拳を振るうレオン。その二人を避けた秋刀魚を鞭で打ち据えるスピナ。三段構えの陣だ。個々の実力も相まって盤石ともいえる対応だ。


 さらには――


「野蛮ですわね。魚は魚らしく地面に落ちなさい」


「行こう、トウテツ」


 ケロティアは不快そうに言いながら【メデューサアイ】を使い、こちらに向かってくる秋刀魚に視線を合わせて石化させ、ふわふわもっふるんはテイムしたドリームシープに命令して躍らせ、もふもふ羽毛の弾力で包み込む防御結界を張る。


「高性能のバステ使いにエクシオン秘蔵っ子のバフ使いまでおるからなぁ。こんなん下層のモンスターハウスでも突破できるで」


「最初はこれだけの数を移動させるのは大変だ、って思ってましたけど普通にどうにかなりそうですね」


 タコやんは中層を歩くには過剰戦力ともいえる面々を見て頷き、里亜はアトリ達の戦いをおっかなびっくりしながら見ているスタッフ達を見ていた。ダンジョンの素人からすれば、突然襲われたことも含めて常識外れのことだらけだ。


(ダンジョンは危険。こんなの常識のはずなんですけど……)


 驚いているスタッフを見ながら、里亜は眉をひそめた。スタッフの一部が異常に落ち着いているのだ。しかもその人物は皆、年老いた老人だ。


(あの人達って運営委員会ですよね? 全員70歳近くの老人なのに、なんでダンジョン内までついてきてるんです? 装備も含めて、とてもダンジョン慣れしているとは思えませんし)


 かつてスパイだった情報網を持つ里亜は、同行している老人達の素性を看破していた。クリムゾン&スノーホワイト運営委員会。50年もの間世代交代することなく続いてきた委員会。


(これまでのステージでは顔すら見せなかったのに、『星』ステージだけ出てくるとかどういうことです? しかも危険なダンジョンの中なのに。


 アトリ大先輩を始めとした面々が規格外だから安全ですけど、普通のダンジョンアイドルの実力だとこの数は守り切れないでしょうに)


 考えれば考えるほど疑問は膨らんでいく。


 ダンジョンは危険だ。それは里亜は身をもって――言葉通り『死に動画』として我が身をもって体験している。普通は複数名でパーティを組んで進むものだ。ソロで進めるのはアトリのような高い実力者のみ。ましてや非戦闘員を守りながらなど本来は無茶な話なのだ。


(アトリ大先輩達の実力を把握していた? だとしてもこの落ち着きは異常です。まるで自分は絶対安全だと確信しているような落ち着きです)


 不意打ちを受ければ、ただの人間など悲鳴を上げる間もなく死んでしまう。慣れた探索者でもパーティ崩壊しかねない。それがダンジョンだ。ましてディメンションソーリーのような人知を超えた襲撃があるというのに。


「虚空からの見事な不意打ち。そして一糸乱れぬ一斉突撃。まさに大海を泳ぐ魚の如き。見事であった」


「なにしとんねん、行くで里亜」


 里亜が思考に更けている間に戦闘は終わり、アトリはディメンションソーリーの魔石に一礼していた。タコやんに声をかけられ、思考から戻る里亜。


「うーん、企業が安全になるアイテムを開発した? のかもしれませんね」


 運営委員会に聞けばわかりそうだが、里亜はそもそも参加者ですらない付き人扱いだ。まともに取り合ってもらえない事は想像できた。とりあえず納得できそうな理由付けをして、疑問を棚に置く。


 その後も罠や魔物などの危険に見舞われ、その度に撃退する。その間も運営委員会の老人達は落ち着き払っていた。


 そして――


「ここが件の岩戸か」


 アトリ達は目的地であるノヨモモモ岩戸にたどり着く。岩で作られた扉と舞台。それを囲むような複数の石柱。事前に聞いたとおりの風景だ。だが――


「岩戸、開いてへんか?」


 タコやんの言うとおり、岩戸は完全に開かれておりその奥には空洞が広がっている。明かりを照らせば、家一軒分ぐらいの何もない空間が広がっていた。


「なあ、どういう事やねん? 歌とか踊りとか作ったモンとか強さとか披露して、あの岩戸を開けるんと違うんか?」


 疑問に思ったタコやんは大会に精通しているケロティアとふわふわもっふるんに問いかける。


「……ええ。開いています。50年前からずっと、岩戸は開いているのですわ」


「はい。『   』はそこにいるんです」


 岩戸の奥にある空間を見ながら、ケロティアとふわふわもっふるんは陰うつに告げる。怒り、悲しみ、侮蔑、そして――後悔。自分を抱くようなポーズで絶望に挑むような表情をしていた。


『さあ、皆さんお待ちかね! クリムゾン&スノーホワイトの『星』ステージの開幕です!


 私たちスタッフは中層のノヨモモモ岩戸に到着しました。ダンジョンアイドル達の頂点を決める戦いの始まりです!』


 そうこうしている間にスタッフ達は撮影準備を終わらせ、アナウンスが始まる。カメラが回り、多くのコメントが飛び交った。


『待ってました!』

『この日の為に生きてきた!』

『ケロティア様!』

『ふわふわもっふるんクン!』

『夢の二大ダンジョンアイドルの争いだ!』

『スピナちゃん頑張れ!』

『俺達のレオン隊長は無敵だ!』

『アトリ様ガンバ!』

『最高の祭典になるぞ!』

『……? あれ、岩戸ってこんな感じだっけ?』

『開いてない?』


 コメントの中にも岩戸の違和感に気付く者はいくつかあった。だがそこに深く触れる者はいない。


『それでは先ずは選手紹介を――ヒャハハハハハハハハハハハハハァ!』


 アナウンサーの選手紹介にいきなり笑い声が割り込んできた。アナウンサーの声ではない。別の何かが音声機器を通して笑っているのだ。


『ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! ヒャハハハハハハハハハハハハハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』


 声の爆発。狂気の暴走。


 これまで我慢していた抑圧を解放するが如くの音の暴走。


 それが配信を通して世界に鳴り響いた。


 そレが鳴り響いたのちに1秒の静寂が生まれ、そして『声』がさらに暴れ始める。


『勝者には喝采を! 魅せた者には花束を! 成し遂げた者には栄光を! そして観客に幸せを!


 今年もやって来たな! クリムゾン&スノーホワイト! 多くの不幸を持ってきたかぁ、お前達!』


 機械から聞こえてくる声。それは生配信しているので、全国に届いていた。誰もがこの予想できない声に驚き、何事かと動揺している。


「はい。多くの不幸をお持ちしました」


 例外は歓喜の声を上げる大会委員会の老人達と、無言で岩戸の奥を見ているケロティアとふわふわもっふるんだけだ。


「クリムゾン&スノーホワイト内で起きた多くの不幸」

「アイドル達の争いで生じた妬みと嫉み」

「企業の圧力に苦しみ、自尊心を捨てた涙」

「高圧的な審判に振りまさされ、消された痛み」

「そんな不幸に消えたアイドル達を応援していたファンたちの落胆」

「今年も多くの不幸を、捧げます」


 運営委員会の老人達は記録媒体を岩戸の奥に掲げるように差し出す。意味不明な行動だが、『声』はそれで満足したかのように笑いだす。


『ヒャハハハハハハハハ! 不幸だ! 不幸だ! なんて不幸なんだ!


 不幸だ! 素晴らしい不幸だ! 可哀そうで涙が出てくる! ああ、なんて悲しい事なんだ!』


 言葉では不幸にあった者達を悲しんでいる様に見えて、その声色は明らかに他人の不幸を喜んでいた。笑っていた。楽しんでいた。


『不幸! 不幸! 不幸! ああ、純度の高い不幸だ! 夢さえ負わなければ避けられた不幸! 諦めていれば回避できた不幸! 頑張らなければ起きなかった不幸!


 勝者には喝采を! 魅せた者には花束を! 成し遂げた者には栄光を! そして観客に幸せを!


 敗者には嘲りを! 汚れた者には泥水を! 心折れた者には挫折を! そして――!』


『声』は止まらない。クリムゾン&スノーホワイトの標語を叫び、それを逆回しにするような標語を叫び、そして――


『そして観客には嘲笑えがおを! ああ、可哀そうだ! とてもとても可哀そうだ!


 お前達はこれだけの不幸を見て見ぬふりをしてきた! そうして光り輝くスターだけを見てきた! 汚泥に苦しむ敗者たちなど見向きもしなかった!


 可哀そうすぎて涙が出る!』


 岩戸の奥に、3つの影が現れる。


 うち二つは若い男女。情熱の深紅クリムゾン純粋たる白雪スノーホワイトと呼ばれた50年前のダンジョンアイドル。映像の様な半透明の状態で、意識なく宙に浮かんでいた。


 そしてもう一人。紅と白の縞々模様の服。顔も紅と白だけで構築されたメイク。


 紅と白のピエロ。そうとしか表現できない存在。


 は配信を通して、見ている人すべてに告げる。


!』


 クリムゾン&スノーホワイトの『星』ステージが開催される。


 50年間行われて誰もが知っているはずなのに、映像も記録も残されていないノヨモモモ岩戸の舞台が――


「許しません……! ダンジョンアイドルを穢す笑いなど、許すわけにはいかないのです……!」


 ケロティアは叫ぶ。岩戸の真実を知り、ダンジョンアイドルを何よりも誇りに思ってきたトップアイドルとして。


 50年間貶められ続けられていたダンジョンアイドルの尊厳を取り戻す。その唯一の機会が――


 ――その機会すら嘲笑されると知りながらの唯一の舞台が――


 ――始まる――


 

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