拾漆:サムライガールは姉を追い詰める

「負けたり逃げたりしたらはったおすわよ! 貴方はお姉ちゃんの妹なんだから奇麗に斬ってきなさい!」


 50年前のクリムゾンとスノーホワイトの事を語り終えたツグミは、アトリを指さして叫んだ。


 そんなツグミを見てタコやんと里亜はアトリを挟んで顔を見合わせる。お互い思う所は同じだったのを視線で確認し、頷いてから口を開いた。


「自分は斬れへんかったくせに」


「うぐっ!?」


「その後始末を妹に頼むとか、姉としてどうなんですか?」


「ぴぎゃ!?」


「自爆してオケラになって妹に金借りる姉やし、しゃーないけど」


「ちょ、ちょっと手加減して!」


「想像以上にダメな姉でドン引きですよ」


「にゃああああああ……!」


 タコやんと里亜の連続口撃(誤字に非ず)を受け、のたうち回るツグミ。


「その……二人とも。流石に容赦がなさすぎなのでは?」


 あまりの追撃にアトリが姉を庇うほどである。


「これでも加減したけどな。むしろここからが本番や」


 タコやんは言ってからツグミに向きなおる。


「しゃーないから駄目な姉貴に変わってそいつを斬りに行ってやるけど……まさか、タダでやれなんて言うんやないやろうな」


「待てタコやん。別に私は何かを要求なd――あいた」


 セリフを訂正しようとするアトリだが、タコやんにわき腹を肘で突かれてセリフが止まる。


「そうですね。ダメダメお姉さんからお金を要求するなんてない袖を振るような事は要求しません。かといって岩戸の奥にいる存在の情報は話せないみたいですし。


 なので別方向での報酬を要求します」


「別方向……?」


 アトリが疑問符を浮かべる中、ツグミは自分を抱くようにして叫んだ。


「要求……!? 強くてカッコよくて美人でセクシーなお姉ちゃんに要求するだなんて! きっと薄い本みたいなことを要求するのね!


 年上のお姉さんを欲望のままに蹂躙するとか、いいシチュエーションじゃない! かもーん!」


「うっさいだまれ」


「はい」


 昼間のファミレスで叫ぶには適さない発言を、一言で黙らせるタコやん。ツグミはあっさり頷いて黙り込んだ。そう言う方向じゃないという事は、ツグミも理解している。


「薄い……本……?」


「アトリ大先輩はわからなくていいですからね。


 この件が全て終わったら、逃げずにアトリ大先輩と勝負してください」


 里亜の要求に頷くタコやん。アトリだけは『は?』と言いたげに呆けていた。


「コイツは姉貴と勝負するために頑張ってきたんや。アンタも決勝まで来たら勝負したる、って約束したんやろ?


 そのウソをなかったことにして戦え。そしたら言うこと聞いたるわ」


 タコやんと里亜の要求に、ツグミはワインを一気に飲み干して、唐揚げを口にしてから答えた。


「……あー。そっち?


『ワンスアポンナタイム』の事とか深層の事とか、色々聞かれると思ってたけど。興味あるんでしょ、二人とも。


 たこたこチャンは<化け蟹>のカニアーマーの構造とか知りたくない? りありあチャンも【投影体】とか興味あるってカンジだし。なんなら各企業の裏話とかもあるわよ。二人ともそれを知ったらもっとすごくなれると思うわ。


 ねえ、そっちの方がよくない?」


 ツグミは少し声を落として、タコやんと里亜に確認する。


『ワンスアポンナタイム』……世界を事実上支配している三大企業。その三大企業が誇るダンジョン探索者が集うダンジョン踏破チーム。世界で初めて深層に至った存在。


 その名前自体は有名だが、その実態はあまり知られていない。


<登録王>はスキルシステムを使い様々なスキルを使う事。<無形>は最弱と言われたドリームシープを駆使してサポートをすること。<化け蟹>は如何なる攻撃を受けてもどんなわなの中でも平気であること。そして<武芸百般>は比類なき戦闘力を持つ事。


 そう言った情報は知られている。だがその尺度は理解されていない。その規模があまりに現代の基準と離れているため、比較ができないのだ。


 例えば月はいつでも見上げることができる。だが月までの距離は384400kmだ、と言われても具体的な想像ができないだろう。途方もなく凄い事は分かっても、それがどれほどなのかは分からないのだ。


 ツグミはその一部を説明できると言っているのだ。タコやんが興味を持ちそうな話題や、里亜が知りたがるスキルを提供できる。それに触れることで、今より一段階どころかはるか先に進めるかもしれないのだ。


 タコやんも里亜もツグミのいいたい事は理解できる。二人とも知識や経験を軸にするダンジョン配信者だからだ。タコやんは科学の知識を。里亜は何度も挑戦する経験を。ツグミが伝える知識は、その助けになる。


 そのことを十分に理解し――


「いらんわ、パス」


「お断りです」


 ノータイムで却下した。


「そうそう。じゃあ教えてあげるからお姉さんに近づいて耳貸しなさ………。


 へ? いらないの!? えええええ!?」


 間違いなく食いつくと思っていたツグミは、二人が拒絶の態度を示しているのを見て二度驚いた。


「はい、結構です。里亜とタコやんはそんなことよりも、アトリ大先輩の望みの方が大事なんです!」


「ウチは別にこの戦闘狂の事なんかどうでもええけどな。ゼニも知識も欲しいモンは自分で手に入れるのがオーサカの女や!」


 里亜は笑顔で、タコやんは胸を張ってツグミに答えた。


「……………あー………そっかぁ……」


 ツグミは素面に戻ったとばかりに呆ける。酒を飲む手を止め、タコやんと里亜を見た。視線、口調、手と足の位置。その全てが本気で言っている事を教えてくれた。


(もー。二人ともアトリにぞっこんじゃないの。企業の思惑と利害関係と腐れ縁で繋がってる『ワンスアポンナタイムわたしたち』と大違い。


 仲のいい配信者トモダチどころじゃないわ。お互いがお互いの為に本気になれる相手とか、生涯かけても得られない宝物ね!)


 ツグミはワインを飲もうとして――やめた。アルコールよりも心地良い感覚に笑みを浮かべる。


(おじいちゃんやるんるんクンやすのすのチャンが嫌いだとか悪いとかじゃないけど、あの三人とのパーティはどうあっても企業の思惑が絡むもんね。


 企業の思惑や利害もなく、純粋な想いだけで繋がっている。お姉ちゃんが得られなかったパーティの形。アトリはそれを手に入れたのね)


 ツグミは自分とアトリを比べる。『ワンスアポンナタイム』は嫌いじゃないし、最高の仲間だ。だけどアトリ達のように手放しの信用はできない。個人としての信用はできるが、背後に企業があるのは事実なのだ。


「いいわ。約束してあげる」


「姉上?」


 アトリを見て告げるツグミに、アトリは一瞬きょとんとし――すぐに目を細める。


 姉が、敵を見ている。倒すべき相手を見ている。


 それに応じるように、アトリは意識を切り替えた。心の中にある刃を姉に向けるような意識に。


「アトリ。クリムゾン&スノーホワイトが終わったら、結果の如何にかかわらず勝負してあげるわ」


「そんなことを言って、また逃げるのではないでしょうね」


 ツグミの言葉に、挑発するように告げるアトリ。それを鼻で笑うツグミ。


「戦略的撤退も立派な戦術よ。猪突猛進のアトリにはわからないでしょうね」


「確かにコイツは強いヤツがおったら喜んで特攻するからなぁ。考え無しにもほどがあるわ」


「ですよねぇ。アトリ大先輩、強敵を見たら嬉々として抜刀して向かいますから」


「いやその……。タコやんと里亜はどちらの味方なのだ……?」


 ツグミの言葉に隣でうなずくタコやんと里亜。続いたアトリの言葉に二人は冷たい視線を向けた。その圧力に負けて、アトリは押し黙る。


「アトリ。……?」


 そんな三人を見ながら、ツグミはワイングラスから完全に手を離して問いかけた。唐突な問い。いいや、唐突にしか問えない質問。


 幸せ。


『そして観客に幸せを』


 クリムゾン&スノーホワイトの標語。50年前とは違う単語。それを問う姉。


 質問されたことに虚を突かれたが、アトリはすぐに言葉を返した。


「三年間音信不通で戻ってきたと思えば妹を振り回し、挙句に金の無心をする姉上をぶった切れば幸せかと」


「あははは。お姉ちゃんも調子に乗った妹をコテンパンにできればスカッとするわ」


 言って不敵に笑いながら睨み合う姉妹。


「お前らなぁ……」


「意外と似たもの姉妹かもしれませんね、この二人」


「……むぅ」


 呆れたようにため息をつくタコやんと里亜。里亜の言葉にアトリは不名誉だ、とばかりに眉をひそめた。


「そうでもないわ。幸せの形なんて様々だけど、共通しているのは『自分が幸せ』ってことよ。そこに『自分以外の幸せ』は基本的には入らない。


 恋人との幸せ。家族の幸せ。仲間の幸せ。こういった場合でも『自分を含めた』って接頭語がつくはずよ」


 ツグミは肩をすくめて三人に告げる。アトリ達は納得できる部分があるのか反論できずにいた。


「あの兄妹が求めたのは『観客の笑顔』。自分の歌で笑ってくれればそれで幸せ。笑顔があるから、頑張れる。


 だけど今のクリムゾン&スノーホワイトが求めているのは『自分の幸せ』。アイドルよりも企業の利益が優先。その為にはアイドルを平気で犠牲にする。


 そこが大きな違いよ。だけどそれ自体は悪い事じゃないわ。自分も幸せ相手も幸せ。それが一番だもん。


 それを叶えることができれば、三大企業も手を取り合うってわけよ」


 ツグミの説明に疑問符を浮かべるアトリ。タコやんと里亜も同様の表情を浮かべていた。言っている意味は理解できる。だけど何故そんなことを言うのか。


 思考する三人を見て、ツグミは満足そうに微笑んだ。与えるべき言葉は全て与えた。もうできることはない。アトリとその仲間にバトンを渡し、ツグミは力を抜いた。


「後は自分たちで考えなさい。貴方達ならできるって信じて、お姉ちゃんはクールに去るわ」


 言ってツグミは立ち上がり、そのまま店を出――


「いや逃がしませんからね、姉上」


「さりげなく食い逃げしようとすんなや」


「なんかいいことを言った、って感じで出てこうとしたんでしょうけど。そんな事が通じると思わないでくださいね」


 出ていこうとするツグミをアトリとタコやんと里亜が止めた。ツグミは『あー、無理だったかー』とばかりに冷や汗をかいた。


「聞きたいことはまだまだあります。【投影体】でしたか? どちらにせよ私や叔母上の方に連絡はできたはずですが、今までなしのつぶてだったのはどういうことですか?」


「ここまで食い散らかしたモンが戦いの約束と昔話一つでチャラになるとか思うなや? ええ情報ネタくれるんやったら吐いてもらおうか?」


「はい。企業の裏話とか里亜大好物です。色々話してもらいますよ。まさか断ったりはしないですよね?」


 ツグミを席に戻し、包囲網を形成する三人。囲まれたツグミは、その勢いに気おされる。


「う……! そこはその、色々守秘しなければならない事があって……! 具体的には三大企業に借りたお金の問題で……!


 そしてたこたこチャンとりありあチャン! アトリと再戦するからそっちの情報は要らないって流れじゃなかったの!?」


 その話はあまり聞かれたくない、とばかりに冷や汗をかく<武芸百般>。続いて要求するタコやんと里亜に反論するツグミだが、二人は胸を張って答えた。


「アホ抜かせ。それはそれ。これはこれや。もらえるもんはもらうんがオーサカの女やで!」


「そもそもアトリ大先輩との戦いの話だって、そちらから提案した事ですからね。約束を先に破ったのを無条件で許しただけでも御の字と思ってください」


「ちょ、アトリ! 貴方のトモダチでしょ! 何とかしてよ!」


「諦めてください、姉上。口ではタコやんと里亜には勝てませんので」


 すがる姉をあっさり見捨てる妹。自業自得です、とばかりの冷たさである。実際、アトリは二人に口では勝てないし、ツグミも自業自得である。


「とにかく姉上」


「とっとと喋ってもらうで」


「帰りの電車台とここの代金を自前で支払えるなら帰っていいですよ」


「妹とその友達がイジメるぅ。うえええええん!」


 かくして、ツグミは逃げることもできずに、企業の裏話や『ワンスアポンナタイム』の技術などを吐露するのであった。

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