▼▽▼ 50年前のダンジョンアイドル ▼▽▼
それは今から50年前。ダンジョンという異常が常識になった頃。
『『 Twinkle twinkle ふたつの星♪』』
『どんな夢も叶えたいの♪』
『いつまでも一緒に♪』
『『僕たちはキラリ Shining♪』』
端正な顔立ちの兄と、かわいい服を着た妹。その二人が地方の街角にある小さなステージでデュエットしていた。
『お前がくじけそうなら、僕がそばにいるから♪』
『お兄ちゃんが負けそうなら、私が支えるから♪』
『『手をつないで、行こう。夢の向こう側まで♪』』
兄妹の息はぴったりだ。歌も踊りも絵にかいたような美しさで、見る者を魅了する。かなりの訓練を重ねたアイドルなのは間違いない。
だが――それを見ている観客は少なかった。20人に満たない客数。ほぼガラガラだ。
「歌はうまいんだけどなぁ」
「所詮ダンジョンアイドルだし」
「やっぱりメディアに出てるアイドルの方が凄いよな」
客席からもそんな声が聞こえてくる。
そしてそれは、50年前のダンジョンアイドルとして妥当な評価だった。
アイドルのメイン活動はメディア内。三大企業が強く推したアイドルが光を浴び、そうでないアイドルは影に落ちる。そうして芸能界から追い出されたアイドルが行きつくのが、ダンジョンアイドルだった。
そしてこの兄妹アイドル――『
「もおおおおお! なんなのよあの客は!」
コンサートが終わった控室。そこでスノーホワイトは叫んでいた。舞台の上では清楚なお姫様風だったが、それが打って変わっての変化である。
「しょうがないよ、
そんなスノーホワイトをなだめるように、クリムゾンが告げる。
「分かってるわよそんなことは! でもわざわざそんなこと口にしなくてもいいじゃない!」
「悔しいのはわかるけど。お客さんの批判はほどほどにね」
「やーだー!
「真白……。ありがとう。真白がいるだけで、僕はアイドルを続けられるよ」
「一歩ずつ重ねていくしかないよ。僕達にはそれしかできないから。
見ている人に満面の笑顔を。その為に頑張ろう。真白」
「……ん。分った」
「一緒に夢を叶えるんだ。合言葉は?」
にこりと笑うクリムゾンに、スノーホワイトは兄の目を見ながら答える。二人は交互に語りだす。
「勝者には喝采を」
「魅せた者には花束を」
「成し遂げた者には栄光を」
「そして観客に笑顔を」
クリムゾンとスノーホワイトはその言葉を合言葉にし、そして信念としてアイドル活動を続けていた。小さく、細々とした活動。収入などほぼなく、足りない分をダンジョン探索で稼いでいた。
舞台を借りてのコンサートなど年に2回。アイドル活動のほとんどがダンジョン配信だ。ダンジョンを進み魔物を倒し、歌えそうな場所を見つけてコンサートをする。
「同接数20名……現実のコンサートと変わらないなぁ」
「笑い事じゃないわよ、もう!」
「はっはっは。見ている人に笑顔になってのに笑い事じゃないとは、可笑しなことだ」
「何上手いこと言ったって顔してるのよ! お兄ちゃんのバカ!」
だがその活動は実らない。実力はあるが『所詮ダンジョンアイドル』というレッテルがあった。固定ファンもいるが、企業サイドのアイドル活動に興味を抱いてそっぽを向かれる。
ダンジョンアイドルという存在が蔑称として扱われていた時代。企業アイドルの下位互換として見下されていた時代。
「そろそろ目的地のノヨモモモ岩戸だ。岩でできた舞台があるって話だよ」
「岩戸って岩の扉ってことよね? 開けられるのかな?」
「歌と踊りで開けられるかもしれないよ。天岩戸みたいに」
「じゃあ中にいるのは引きこもりの太陽神ね」
そんな冬の時代が、この兄妹アイドルの活動で日の目を見るとはだれが思おうか。
ノヨモモモ岩戸。そう呼ばれた場所にあるのは、岩で作られた扉と、そして舞台。それを囲むような石柱。
「それじゃあ、配信を始めようか」
クリムゾンは自分のアイドルネームと同色の紅色刀身のサーベルを抜き、空に掲げるように構える。
「クリムゾン&スノーホワイトの配信ですわ!」
『姫キャラ』を演じるようにですます口調になるスノーホワイト。
「さあ、今日の舞台はノヨモモモ岩戸だ。この大きな岩の扉は取っ手も鍵穴もない大扉。誰も開けることができないんだ」
「きっとこの奥には、繊細な心を持つ神様がいるのですわ!」
「ああ、僕達二人の歌でその神様の心を癒してあげよう!」
「そして願わくば、岩戸と心の壁を開いてその姿を見せてほしいですわ!」
前口上を告げるクリムゾン&スノーホワイト。岩戸の奥に神様がいるなんて思っていない。この岩戸が歌で開くなんて思っていない。コンサートの前振りだ。
『『 Twinkle twinkle ふたつの星♪』』
『どんな夢も叶えたいの♪』
『いつまでも一緒に♪』
『『僕たちはキラリ Shining♪』』
ライトもなく、音響もなく、観客の声もない。そんな舞台で歌う二人。浮遊カメラがその姿を映し配信するが、それを見ている人も多くはない。
『お前がくじけそうなら、僕がそばにいるから♪』
『お兄ちゃんが負けそうなら、私が支えるから♪』
『『手をつないで、行こう。夢の向こう側まで♪』』
息の合った兄妹アイドル。誰もが目を引く動き。だれもが息を飲む美しさ。
しかし注目されない。ダンジョンアイドルだから。落ち目のアイドルだから。そう世間が言っているから。
『夜空の中で♪』
『輝く星が♪』
『『一つじゃなくて二つあるように♪』』
『僕も♪』
『私も♪』
『『一緒に光る♪』』
星の輝きは届かない。偶像は崇められない。その美しさよりも、『誰かが凄い』と価値をつけたアイドルがあるから。地下に潜る星を発掘するもの好きなどいない。
――この時までは。
『『 Twinkle twinkle ふたつの星♪』』
『どんな夢も叶えたいの♪』
『いつまでも一緒に♪』
『『僕たちはキラリ Shining♪』』
最後のフレーズを歌い終わり、クリムゾンとスノーホワイトは一礼する。拍手なき舞台。コメントもまばら。そんな二人のアイドル活動。
「素晴らしい」
そんな二人に向けて、声がかけられた。二人はすぐに背中合わせになり、互いの武器を構える。紅色サーベルと、白い装飾の杖。勝てないなら逃げる。息の合った兄妹は軽く目を合わせ、意思を伝え合う。
「それだけの努力を重ねながら、だれも見向きもしない。世論に踊らされて正しく評価がされない。
なんと不幸なんだ!」
声は、岩戸の裏側から聞こえてきた。少しずつ岩戸が動き、開いていく。その奥にある存在の姿が露になってくる。
「だ、誰なの!?」
「不幸だ! 素晴らしい不幸だ! 可哀そうで涙が出てくる!
努力が実らないなどあってはならない。実力が認められないなどあってはならない。キミ達は――君たちダンジョンアイドルは認められるべきだ。もっと幸せになるべきだ。
その不幸をなかったことにしよう!」
「危険だ、逃げ――」
「お兄ちゃ――」
危険を察知し逃げようとする兄妹だが、それより早く光が包み込む。
光が晴れた岩の舞台に、兄妹の姿はなかった。
…………。
そこから何があったかは、記録も曖昧過ぎて分からない。
ただその配信を境に、ダンジョンアイドルを侮蔑的に扱う風習は廃れる。
三大企業が一斉に方針を変え、そしてクリムゾン&スノーホワイトという祭典を共同で行うようになったのだ。
三大企業の審査員と、誰が作ったのかわからない評価AI『クリムゾン』と『スノーホワイト』。『天』『地』『人』のステージ。そして『星』ステージ。
誰もがそれを受け入れた。
誰もがダンジョンアイドルを評価した。
三大企業さえもその流れに乗ったのだ。
『勝者には喝采を! 魅せた者には花束を! 成し遂げた者には栄光を! そして観客に幸せを!』
かつてクリムゾンとスノーホワイトが掲げていた信念。それを少し変えた者がこの祭典の標語となった。
『何て不幸なんだ!』
求めているのは、笑顔ではない。
『不幸だ! 素晴らしい不幸だ! 可哀そうで涙が出てくる!』
求めているのは、幸せなのだ。
『その不幸をなかったことにしよう!』
不幸を無くし、幸福な世界を。
観客に幸せを。
だが不幸はなくならない。
企業の思惑などが絡み審査員は不正を行い。
審判の欲望で力なきアイドルは生贄にされ。
構図こそ変われど、不幸は生まれてゆく。
その度に、岩戸の奥では声が響くのだ。
『不幸だ! 素晴らしい不幸だ! 可哀そうで涙が出てくる!』
50年間、他人の不幸を聞いて興奮する声が。
……………………。
…………。
……。
お姉ちゃんがノヨモモモ岩戸を訪れたのは5年前かな? まだ『ワンスアポンナタイム』を結成する前。
理由はなんだったっけ? そうそう、『星』ステージが始まる前にそこに行って乱入しようとかそんな理由だったわ。違うの聞いて。るんるんクン……ふわふわもっふるん君がかわいかったから唾つけたかったの。それだけよ!
……なんだかすごく冷たい目で見られてるけど、気のせいね。
とにかく、岩戸に行くと『 』『 』『 』『 』……だめね。ココからは喋れないみたい。
ただ言えることはお姉ちゃんはそいつに斬りかかって、そして気付いたのよ。
「あ、これ無理だ。撤退」
実力では圧倒してたけど、お姉ちゃんでは倒せない相手だったわ。理由は『 』『 』『 』……これも言えないのね。まあ当然か。
岩戸の奥には50年前に消えたアイドルがそのままの姿でいたわ。仲のいいイケメン兄妹だったわ。うへへ、ペロペロしたかったなぁ……ちょっと、なんて顔してるのよアトリ! たこたこチャンもりありあチャンも逃げなくてもいいでしょ!
お姉ちゃんはあの二人を解放したいの。50年間ずっと望まぬ形でそうしている兄妹。望まない笑顔と望まない幸せを生むためだけにいる子達。それを終わらせてあげたいの。
喋れるのはこれぐらいね。アトリ、任せたわよ。
負けたり逃げたりしたらはったおすわよ! 貴方はお姉ちゃんの妹なんだから奇麗に斬ってきなさい!
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