拾陸:サムライガールは姉と話す
「アートーリー! こっちこっちー!」
ファミレスに入ると同時、大きな声が響き渡る。見るとツグミがテーブルに座って大きく手を振っている。
――その机の上には、所狭しと揚げ物の類とワインの瓶が並んでいた。
「なんで黒がないのよ! お肉には黒ワインでしょ! しょうがないから赤ワインもう一本頂戴! 唐揚げフライドポテトウィンナー3人前ずつ追加!」
アトリが来るまで何をしていたのか、見ただけで分かる。アトリは帰ろうかと思案し、それでも姉を見捨てられないのか歩を進めて話しかけた。
「姉上、何をやっているんですか」
「きゃー! アトリ久しぶり! 何って食事してるんだけど? ワインとお肉は鉄板よね! 個人的にはもう少しアルコール度数が高いお酒があればよかったんだけど」
ワイングラスを傾けながらアトリの問いに言葉を返すツグミ。いやそこじゃない。確かに食事をしているのだが、聞きたいのはそこではない。
「ええと、お金がないのですよね?」
「そうよ! だからお金を貸してほしいの! その為に呼んだってこと忘れちゃった? もー、若ボケとかやめてよね」
笑うツグミ。額に手を当てて怒りを堪えつつ、質問を重ねるアトリ。
「お金がないのに何で飲んでるんですか? 支払いは?」
「アトリに全額借りて任せるに決まってるわよ! リスク負うなら限界まで! 借金するなら最大限! 危なくなったら笑って逃げろ! これが<武芸百般>よ!」
初めから全額アトリに払ってもらうつもりで飲み食いしてました。ひっどい姉である。
「ホンマえげつない姉やな」
「タコやんがツッコミに入るしかないほどひどいお姉さんですね」
一緒に来たタコやんと里亜もドン引きするほどである。
「きゃあああああ! リアルたこたこチャンとりありあチャン! 実物は画面で見るより可愛くてキュート! げへへ、お姉さんファンなのよ!
おおっと、思わず推し活モードに入ってた。鳳東、アトリの姉です。どう? お姉さんにギャップ萌えしない? 推し活モードと真面目モードの落差できゅんと来ない?」
「ないわー。最初のインパクトが強すぎて他のキャラ全部消えてるわー」
「深層で三年も行方不明だったに、どうしてタコやんと里亜の配信を見れるんですか、この人……」
呆れるようにして距離を取るタコやんと里亜。嘘くさいことこの上ない酔っ払い姉はウィンナーを口にしてワインを飲み、笑みを浮かべて答えた。
「そりゃ見れるわよ。三年も暇してたもんね。
深層に潜っている本体はともかく、こっちはほぼ隔離状態でやることなかったし」
「本体? 隔離?」
ツグミの言葉に眉を顰めるアトリ。聞きなれない言葉だが、里亜のスキルという前例があるのでなんとなくどういうことか理解できた。
「そ。ここに居るお姉ちゃんはりありあチャンの【トークン作成】と似たスキルで作られた【投影体】なの。
本体と全く同じ存在をはるか遠くに投影するスキル。本体が深層にいながら、同時にダンジョン外に顕現できるのよ。りありあチャンの【トークン】との違いは、操作は本体がするんじゃなくて本人の個性を反映して自動でうごくってことね。記憶は定期的に共有されるわ。
そうね。例えるならスキルで作るコピーロボットって感じよ」
自分の存在とそれを産み出した【投影体】について説明するツグミ。自分は深層にいる本体ツグミが生み出した影のような存在で、操作されているのではない独立した個体である。記憶も定期的に共有され、互いの齟齬はほぼない。
「こぴぃ……ろぼっと……?」
「なんやそれ? コピー取ってくれるロボか?」
「すみません。最後の例えだけが分かりませんでした」
「うそっ!? コピーロボット通じないの!? ジェネレーションギャップ!」
アトリとタコやんと里亜の言葉にショックを受けるツグミ。あまりのショックにワインを飲む手が止まるほどである。
「と……とにかく……! ここに居るのはお姉ちゃんと同一存在なんだけど、厳密な意味じゃお姉ちゃんじゃないの。
なので全くあり得ない可能性で考えるだけ無意味でそもそも実力差ありすぎて時間の無駄なんだけど、お姉ちゃんがアトリに斬られても消滅するだけで、本体には『あ。斬られた』っていう情報だけしか入らないわ」
「散々挑発してくれますね。その物言いとこれまでの行動、姉上の同一存在というのは納得しました」
「お前らどんな姉妹仲やねん……」
怒りの視線を向けてツグミの真正面に座るアトリ。場所が場所じゃなければ刀を抜いていたところだろう雰囲気だ。その空気を感じながら、タコやんと里亜もアトリのとなりに座る。
「あ、たこたこチャンとりありあチャンはこっち座って! 両手に花! り・ょ・う・て・に・は・な・ぁ!
カワイイ女の子を隣に侍らせて飲むワインはサイコーなの! アトリの隣とかもったいなーい!」
「姉上」
「おおっと、ガチ怒り。親友達に手を出すのは琴線か。我が妹ながら酔いがさめる殺気出すじゃないの。その気になってきそう」
ワガママ言い出す姉に怒りのボルテージを一段階上げるアトリ。その『気』に当てられ、軽く唇を鳴らすツグミ。
「色々聞きたいことがありますが、先ずはこれから聞きます。
姉上は私を『クリムゾン&スノーホワイト』に参加させて、何をさせたかったのですか?」
せっかくなのでとタブレットで注文しながら問うアトリ。注文に少し難儀して、里亜に操作を任せた。
「相変わらずアトリは機械系ダメダメねー。たこたこチャン、苦労かけるわ。これからもアトリをよろしくね」
「よろしくされへんでもよろしくしたるわ。コイツにはウチがおらへんとアカンからな。
それよりとっとと白状せい。岩戸の奥におるモンをアトリにどうにかしてほしかったんやろ? コイツに任せる、ってことは斬ってほしいって事やろうけど」
呆れるような懐かしむような声を上げるツグミ。話を振られたタコやんは拳でアトリの胸を叩いて応え、そして話を促した。
「それで間違いないわ。お姉ちゃんの代わりにアトリに『 』を斬ってほしいのよ。お姉ちゃんにはできなかったからね」
「……? 姉上、今なんとおっしゃった? 誰を斬ってほしいのです?」
声が途切れたことを不思議に思い問いかけるアトリ。ツグミは何度か口を開くが、声は聞こえない。口をパクパクさせている様にしか見えなかった。
「『 』『 』……だめかぁ。喋ることができないわ。文字に記すもできないわね」
「これまでの言動と行動を考えれば、酔ってふざけてるとしか思えへんがな」
「普段の態度って大事ですよねぇ」
そんなツグミの態度を見て、タコやんと里亜が辛らつに言葉を放つ。ツグミの信頼度は地の底である。これまでの事がなければ、おちょくっているとしか思えない。
「待って二人とも、世間の評価を信じちゃダメ! お姉ちゃん本人を見て! 最強で最高なお姉ちゃんだってわかるから!」
この期に及んで何を言っているんだ、この人。タコやんと里亜の心は、見事にシンクロした。つまらない戯言を無視し、分かっていることを確認する。
「他の『ワンスアポンナタイム』と同じく、岩戸の奥におるモンに関しては『喋ることができない』って感じか」
「企業の思惑の可能性もありましたけど、企業無所属の鳳東さんでも喋れないのなら呪い説濃厚ですね」
「何があってもワガママを通す姉上だ。そんな姉上が『言えない』となるとそう言う事なのだろう」
「あははは。その辺りは憶測できてたのね。
あとアトリはお姉ちゃんを何だと思ってるのかしら? お姉ちゃんは尊敬する存在だって教えたはずだけど」
タコやん、里亜、そしてアトリがツグミの状況を理解する。ツグミは三人の意見を肯定するように笑い、その後でアトリに言及した。
「姉上は武術の師として尊敬出来ますが、それはそれとして唯我独尊を体現する生き方をされているのも事実なので。
それはそれとして、気になることがあります」
「気になるって何? なんでお姉ちゃんがこんなにモテるかって事? もー、そんなの強くて美人で欠点無しの無敵系女子だからに決まってるじゃないの!」
アトリは姉の戯言を聞き流して、問いを続けた。ウザい発言は塩対応。妹ながらなれた対応である。
「姉上でも斬れなかった。
つまり姉上は岩戸の奥に一度行ったことがあるのですね。そして斬れずに撤退したと」
確認するように問うアトリ。タコやんと里亜は『<武芸百般>が倒せなかった』という事実を脳内で整理する。
<武芸百般>鳳東。『ワンスアポンナタイム』のリーダーにして切り込み隊長。彼らの配信はまさに最強。下層の魔物ですら相手にならないほどだ。『ワンスアポンナタイム』は個々の強さが様々な方向に突出しているが、鳳東は戦闘力が突出していた。
<武芸百般>の二つ名の通りあらゆる武器を使用でき、状況に応じて様々な武器に切り替えて戦う。至近距離でのカランビットナイフ。中距離で十字槍を振るい、遠く離れた相手をアサルトライフルで一掃。超遠距離の相手をスナイパーライフルで狙撃することもある。
様々なスキルを駆使し、あらゆる武器を使わせた戦闘の第一人者。そう言う意味では一刀のみで突き進むアトリと真逆の強さ。その強さは配信アーカイブという形で今語り継がれている。
そんなツグミが、倒せなかったのだ。
人類最強と言っても過言ではない<武芸百般>鳳東ですら倒せなかった。それはもう誰にでも勝てない相手だ。そんな相手が中層のノヨモモモ岩戸の奥にいる。下層ボスよりも強いと推測される魔物が50年もアイドル祭典に絡んでいるのだ。
――という恐怖もあるが、タコやんと里亜が懸念したのはそちらではなかった。
「ふむ、姉上でも勝てなかった相手か。興味深い」
バーサーカースイッチが入ったアトリが、鋭い笑みを浮かべていた。
「お前は分かりやすいヤツやなぁ。そんなんでモチベ上げんなや! ちょっとはビビれ!」
アトリの予想通りの反応にツッコミを入れるタコやん。ホンマしょうがないなぁこの戦闘バカサムライは。そう言いたげな表情だ。
「むしろお姉さんが『倒せなかった』ってことは純粋な力押しじゃ勝てなかった、ってことですよ。そうですよね?」
里亜はアトリに忠告すると同時にツグミに確認するように問いかける。ツグミはそれに応じるが、口をパクパクさせるにとどまった。
「『 』……むぅ、これも言えないのか。『 』に関係することは全部こうなるのね。
あと勘違いでほしいんだけど、勝てなかったんじゃなくてどうしようもなかったの! 実力自体は圧勝だったんだから! 『 』! 『 』! 『 』! あああああ、もう!」
負け惜しみをする姉。しかしその大半が口パクになる。言いたいけど言えない。言葉にできない呪い。それに阻まれていた。
「ふんだ! アトリも負けてお姉ちゃんと同じ思いを……されちゃ駄目なのよね。そうさせないために呼んだんだし。でもムカつくぅ……!」
喋れない自分に苛立ちアトリも同じ目に合えと呪おうとするが、それでは意味がないと思いなおすツグミ。
「討伐を任されることに異存はありませんが、姉上がそこまで入れ込む理由がわかりかねます。姉上は何故その相手に拘るのですか? 苛立ちを感じながら私に任せるのは異常です。
己の欲望が絡まない限り姉上が動くとは思えません。美味い酒か必ず勝てる賭け事か顔のいい美男美女でもいるのですか?」
眉をひそめて問うアトリ。容赦のない姉への評価だが、アトリはこの姉が正義や義憤で動くわけがないと信じ切っていた。我儘で自己中で我欲まみれなのは幼いころから嫌になるぐらいに知っている。三年間の行方不明でそれが治ったとは思えない。
「アトリはお姉ちゃんをなんだと思ってるのよ! そりゃ美味いお酒と必勝ギャンブルとかわいい男の子と女の子がいたら張り切るけど! 企業を敵に回しても戦うわ! 後始末はおじいちゃんに任せて!」
「ちょっとは否定せいや。<登録王>も苦労人やな」
呆れるようにツッコむタコやん。ホンマ、戦闘以外に欲のないアトリと真逆やなぁ。
「でもそのカテゴライズで言えば『美男美女』かな。
あ、この方向なら喋れそうだ。それに気づいたツグミはワインを一気に飲み干して始まりのダンジョンアイドルについて語りだした。
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