拾伍:サムライガールは姉を問い詰める
桜花絢爛水飛沫、決勝戦。
予選二回を乗り越えた十人のダンジョンアイドル達。それらが覇を競う戦いだ。
「予選第二位は、アトリ選手! 圧倒的な戦闘力を見せつけた深層配信者! 今回は水着ではなくいつもの羽織袴での参上だ!」
アトリの格好は一回戦目のセラスクでもなく、竹鎧でもない。普段の配信出来ている羽織袴だ。
『流石にプロテクターに値する装備はマズいので』
『肌を晒すつもりはない? ……それは何とも』
『竹鎧での行進は確かに見栄えしましたし……水着評価が下がることを納得できるのなら』
大会直前で竹鎧は打撃戦で有利になるからやめてほしいと委員会に告げられ、代わりの水着に着替えるように言われたのだ。とはいえアトリは肌を晒すつもりはない。その妥協点として、普段の羽織袴での出場となったのだ。
「やるなぁ、アトリ! お前ならここまでくると信じてたぜ!」
腕を組んでアトリに話しかけるのは、予選三位のレオンだ。既に『戦闘モード』に入っているのか、不良口調だ。いつぞやの特攻服ではなく、白のワンピース水着。腰に巻いたパレオに
「レオン殿こそ三位か。『盾』を駆使した八艘飛び。水を蹴るかのような動きは見事であったな」
「あんな程度で満足するなよ。オマエや<武芸百般>用に隠し玉もあるんだからな!」
「変幻自在のカメレオン。その冴えを見せてもらおうぞ」
それだけ会話を交わし、アトリはレオンの前を通り過ぎる。所定の位置につき、続くアナウンスを待つ。
「それでは第一位! 最強配信者チーム『ワンスアポンナタイム』の一角にして、二位のアトリ選手の姉である<武芸百般>鳳東! 深層に消えた最強戦士が、今復活ぅ!」
アナウンスと共に入場口にライトが照らされ――
そこには誰もいなかった。
「……もしもし、え? どういうこと?」
何かの演出か。最初はそう思ったが、1分2分経ってそうではないと会場がざわめく。アナウンサーもどういうことか知らないのか、疑問符を浮かべた。
「……えー、たった今入った情報によりますと……鳳東選手は会場入りしていないようです。
大会規定により……失格とさせてもらいます……マジかぁ!?」
鳳東、遅刻により失格――!
あまりと言えばあまりの出来事に、会場はブーイングの嵐だ。
『何だそれはああああああ!』
『ちょ、マジか!?』
『ありえねええええええ!』
『アトリVS鳳東のカードを楽しみにしてきたのに!』
『お姉さまが出ないなんてありえませんわ!』
『何なんだよこの展開はああああああ!』
『ウソだろお前ありえねぇ!』
そんなブーイングの中、アトリは貧血を起こしたようにふらつき、膝をついていた。
「ふふ、ふふふふふふふふふ」
「ええと、アトリさん? その……大丈夫……?」
座り込むアトリに、素の性格に戻って尋ねるレオン。他のダンジョンアイドルも事情を知っているのか、心配そうな表情でアトリを見ていた。
「大丈夫だとも……。ただ、忘れていただけだ。
姉上は、こういうことを平気でする人だという事を……」
いい加減で大雑把で豪快でその場限りのノリで動く人物。姉自身のスペックが高いからそれでうまく行っているけど、周りの人間はそれに振り回されるのだ。
「ええと……仕方ねぇなぁ、これ……とにかくこの九名で決勝戦を開始します!」
ブーイングの嵐の中、何とかアナウンサーがとりなそうと叫ぶ。アトリがへこんでいるのも気づいているが、アナウンサーもキャパシティーオーバーなのだ。<武芸百般>の失格が確定している以上、これ以上場を伸ばすことはできない。
「桜花絢爛水飛沫、決勝戦! 試合……開始!」
………………。
「どういうことですか、姉上」
決勝戦が終わった後で、アトリはすぐに姉に電話をした。コール3回で相手に繋がり、相手が名乗るより前に問いかける。
『アトリの怒りも当然よね。でもこれには深い事情があったの』
スピーカーモードのスマホから聞こえてくるのは、そんなツグミの声。どこか真剣な声だ。
『最初は千円だけのつもりだったのよ! でも全然当たらなくて虎の子の一万円に手を出して! 確変が来たからこれはいけるって判断して全額ツッコんだのよ!」
「かくへん」
何を言っているのかわからなかったが、その単語で何となく姉が何をしたのか理解した。確率変動。パチンコに搭載されるシステムで、ざっくり言えば大当たりしやすくなるのだ。姉が何をしていたのか、なんとなく読めてきた。
『そう、確変! これは来たわって勝負をかけて大当たり! お姉ちゃんのビックウェーブはここから始まるって感じだったわ。
一時期は3万浮きだったのにそこからはあれよあれよの急転落下。やってられるかってヤケ酒したら酔って路上で寝コケて挙句の果てに帰りの電車賃もなくなって!』
「それで試合に出れなくなったと」
『目が覚めたら試合が始まっててねー。
あ、アトリの活躍見てたわよ。優勝おめでとう! あのレオンて人の動きも凄かったわよねー。まさか【守りの盾】と【霧発生】を使ってあんなコンボを決めてくるなんて! お姉ちゃん驚きだったわ!』
「謝辞感謝します。ええ、レオン殿は強かったです。
プールと言う状況を最大活用して霧を発生させた地形利用。こちらの視界を完全に封じてからの三次元殺法。敵であるアイドルを足場にした奇襲は肝が冷えましたとも」
『うんうん、名勝負だったわ!
それはそれとして、お金貸してほしいのよ! 色々出しきって素寒貧なのよ! 『ワンスアポンナタイム』のメンバーにも飽きられちゃって!」
朗らかに言う姉に、アトリは大きくため息をついた。こういう姉だった。分ってはいたけど、こういう姉だった。
「酷いわよねえ、おじいちゃん。『ふざけるな。反省して歩いて帰ってこい』だって。か弱く美人な乙女を護衛なしで街中に歩かせるなんて。ナンパされて変な店に連れ込まれてだめだめいやーんな展開になったらどうするのよ。アトリもそう思わない?』
「姉上をナンパするという豪気なお方がいれば、見てみたいです」
心の底からそんな人物がいたら見てみたいと告げるアトリ。
ツグミは確かに顔立ちも体つきもいい女性だが、少し話せば『あ、これはダメな美人だ』とわかる人物だ。ギリギリを超えて飲む打つのは当たり前。無軌道無茶苦茶無鉄砲の三拍子。それでいて強さは一級品。誰が近づくというのか。
「なあ、家族の縁切ってもええんとちゃうか?」
「と言うか、アトリ大先輩が斬りたいっていう気持ちがよくわかります」
傍で聞いていたタコやんと里亜も辛らつな意見だ。それが聞こえたのか、泣きそうな声がスマホから聞こえてくる。
『ちょ!? たこたこチャンもりありあチャンもそこにいるの!? 言ってくれないと困るじゃないのアトリ! お姉ちゃんが誤解されちゃうじゃない!
ええ、すみません。決勝に出られなかったのは、交通事故に遭ったお祖母ちゃんを病院に届けていたからなんです。己の名誉より人命が大事。そう言う事なんだよカワイイレディたち。アンダスタン?」
タコやんと里亜の存在をしり、声色を改めて今更ながらに嘘くさい言い訳をするツグミ。タコやんと里亜はドン引きするように目を細めていた。
「アトリのクソ真面目さと足して二で割ったらええ感じなんちゃうか?」
「アトリ大先輩の反面教師なんでしょうね。『こうはなるまい』ってかんじの」
『あははははは! 二人ともお姉さんの事超勘違いしてるわ! 一度会ってお話しましょ。一緒にお酒飲も♡』
辛辣な二人の評価を聞き、朗らかな笑い声がスマホから返ってきた。
「飲めません。タコやんも里亜も未成年です」
『あら残念。あと三年てところかしら。そうなったら美味しいお酒奢ってあげるわ。天にも昇る気分になれるわよ』
「酒で失敗している姉上を見ているので、とても飲みたいとは思えません」
タコやんと里亜を姉の手から守るように告げるアトリ。あと酒に関しては本心である。良くも悪くも、身近の人間から学ぶことは多い。
沈黙二秒。
「――もういいでしょう」
これまでの怒りと恨みを飲み込んで、アトリは本題に踏み込んだ。
「いい加減、本当のことを話してください」
深くため息をついて心を整理し、アトリは告げる。タコやんも里亜も同じ表情だ。
『やだなー。お姉ちゃんが嘘ついてるって?』
「ええ。ウソばかりです。
姉上が酔っ払って寝過ごすとかありえません。どれだけ強い酒を飲んでも姉上はケロッとしてます。距離の問題だって、その気になれば車の盗難もいとわないのが姉上ですから」
「ヤな信頼やなぁ。ダメな方向に信じられるとか、どないやねん」
この姉ならそうする。目的の為なら法も倫理もいとわない。そう断言できるアトリであった。タコやんが思わずツッコミを入れるほどである。
「初めから姉上は決勝戦に出るつもりはなかった。そうですね?」
『……あら?』
「ついでに言えば、アトリをこの祭典に誘ったのもアンタなりの考えがあるんやろ? 岩戸の向こう側におるモンをどうにかしてほしいってあたりか?」
『あらら……?』
「恐らくですが、『ワンスアポンナタイム』のメンバーは何かしらの理由で岩戸の奥に関与できない状態になっている。三大企業の思惑か、或いは呪いの類か。
だけどアトリ大先輩ならどうにかできる。そう思ってるんじゃないですか?」
『あらららら?』
アトリ、タコやん、里亜は総出でツグミに問い詰める。その度に、ツグミは困惑したように返答を返していた。まさかこのタイミングでここまで問い詰められるとは思ってなかった。そんな声だ。
ツグミがクリムゾン&スノーホワイトにアトリを巻き込んだのは間違いない。この姉の性格からしてなんとなく面白そうという考え無しの可能性もあったが……クリムゾン&スノーホワイトの裏を知ってしまった。
『ワンスアポンナタイム』ですら手が出せない何か。50年続く三大企業合同の祭典。誰も語ることができない岩戸の奥にいる存在。
ツグミはアトリを挑発してアイドル祭典に参加させた。そして岩戸の奥にあるモノをどうにかしてほしいと思っている。その考えに至るのは難しくなかった。
『……あー。もしかしておじいちゃんと会っちゃった? るんるんクンとかも?
まー、そうよね。あの三人だから岩戸に関して喋れることは全部喋っただろうし、お姉ちゃんも情報的には同じぐらいしか語れないのよね』
さっきまで笑いながら話していたツグミの声が、少し憂いを含んだ声色に変わる。ちょっと予定が崩れたかも、と小さく声が聞こえてきた。
『認めるわ。三人の言うとおり、お姉ちゃんはアトリを巻き込んだ。決勝で勝負するってのも当然ウソ。決勝を突破したら「優勝したら戦ってあげる」っていうつもりだったわ。
たこたこチャンの言う通り、アトリに岩戸の奥にあるヤツをどうにかしてほしいの。その辺りは実際に会って話すわ。その方がよさそうだし。
でもウソばっかりじゃないわ。本当の事もあるの』
ツグミのセリフの後、パンと手を叩く音が聞こえた。手を合わせて柏手を叩くような音。
『お金のないはマジなの! スロでスッたのは本当なの! あの確変で出ないとかどういうことなの!? 絶対ありえないぃぃぃぃぃぃ!
アトリ、お金貸して!』
「……姉上……本当に姉上は……」
これは本当なんだろうなぁ、と納得できる絶叫だった。
――アトリ達は呆れるように顔を見合わせ、ツグミがいる場所近くにあるファミレスで待ち合わせることにした。
「ホンマに家族の縁切ったほうがええで」
「むしろ出合い頭にバッサリ斬りません?」
割と本気のタコやんと里亜の提案に、一瞬頷きそうになるアトリであった。
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